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八馬兼介(八馬財閥)子孫

初代八馬兼介の家系・子供・子孫
(八馬財閥)



父:勝蔵(兵庫平民。精米商)
妻:とき(兵庫、藤井萬兵衛の二女)
同妻:つや(兵庫、小川傳治郎の二女)

養子:永蔵(八馬商会代表社員)

孫:3代八馬兼介(神戸銀行頭取。八馬汽船相談役)

ひ孫
・八馬啓(多聞酒造相談役)
・八馬理(西宮酒造社長) ・八馬望(多聞酒造会長)

■八馬財閥(はちうまざいばつ)は、阪神財閥の一つである

■元来、八馬家は17世紀の元禄時代以前より西宮に居住し、西宮神社の神事一般を司る家柄で、西宮神社には八馬門がある。同様の馬姓には、辰馬、一馬、六馬、七馬、十馬、乙馬などが記録されている
■八馬家は、江戸時代より精米業を営んでいたが、海運業を営んだほか、西宮の有力資産家として、西宮銀行、武庫銀行、神戸土地興業、阪神急行電鉄等の設立に共同出資した
■八馬家は西宮の経済に貢献し芦屋の平田町に大豪邸を構え、お屋敷街の一角をなした

■八馬財閥の基礎を築いたのは初代八馬兼介(はちうま・かねすけ)である

■初代八馬兼介は、生誕地西宮で米穀商を営んでいたが、明治11年5月、新しい産業としての海運業に乗り出した。海運業に乗り出すにあたっては、鷲尾家分家である通称・西鷲尾家から篤い信用を得て融資を受けることができた(※鷲尾家本家は西宮町今津の醸造業)

■初代八馬兼介は大和の信貴山(奈良県生駒郡の信貴山歓喜院朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)を篤く信仰しており、ここに祀られている毘沙門天が別名多聞天(四天王の一つで北方の守護神)と呼ばれているところから船名にも多く使った


【参考文献】
『70年の航跡 八馬汽船株式会社創立70周年記念』


略歴
■初代八馬兼介(はちうま・かねすけ)
【1839年~1918年】日本の実業家。米穀商。船舶業者。資産家。八馬汽船創業者。西宮貯金銀行。西宮銀行各頭取。西宮酒造監査役。八馬家の基を起こした
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