盛宣懐 子孫

盛宣懐(清朝の実業家)家族・子供


父:盛康(李鴻章と交友があった)
孫:盛毓度(貿易会社社長)


■父の盛康が李鴻章と交友があった関係で、1870年に李鴻章の幕僚となった

■孫の盛毓度(せいいくど)は、1933年に来日して京都大学で学ぶ。戦時中帰国したが、戦後再来日し、日中関係の著書を残す。日本にいた時に銀座で貿易会社を経営し、東京芝公園に豪華な中華料理店『留園』を創業した

■音楽評論家の湯川れい子が、盛毓度の秘書を半年ほどしたことがある。後に湯川が初めてラジオ番組を持った時、盛毓度がスポンサーになった


※参考文献『日経新聞(2017年5月9日)』


略歴
■盛宣懐(せい・せんかい)
【1844年~1916年】清朝末期の大実業家、政治家。洋務運動の代表人物。李鴻章の幕僚。李鴻章に数々の経済発展とインフラ整備を勧め、商船の建造を李鴻章に提言、李鴻章が輪船招商局を設立すると事業を委任され、湖北省の石炭・鉄鉱の業務を委託された。江蘇省常州出身。出自は漢民族

マクロン 家族

エマニュエル・マクロン 家系・夫人
(フランス25代大統領)



祖母:教師

父:ミシェル・マクロン(医師・神学者)
母:フランソワーズ・マクロン(医者)
弟と妹がいる


妻:ブリジット(国語教師。25歳上)


■史上最年少でフランスの大統領に登り詰めた

■教師だった祖母の影響で、かつては社会党員だった

■妻のブリジットは高校時代の恩師。1953年4月13日生まれ。実家は地元の老舗菓子メーカー。仏菓子「マカロン」などが有名。若い頃はディスコが好きだった。銀行員との元夫との間には3人の子供がいる。ブリジットの娘とマクロンは同級生

■マクロンは高校生時代の17歳で、演劇部顧問だったブリジットと出会う。17歳のマクロン青年は、当時、既婚者だったブリジットに「何があっても私はあなたと結婚する」と宣言。有言実行で、マクロンが29歳の時に結婚した

■身長173㎝

■趣味は読書、観劇、スキー、テニス。小説家を目指していたこともある

■特技はピアノ演奏。英語もなめらか


※参考文献『読売新聞(2017年5月9日)』


略歴
■エマニュエル・マクロン
フランスの政治家。第25代フランス共和国大統領。1977年12月21日、フランスのソンム県アミアンで生まれる

川崎千春 家族

川崎千春 家系・子供
(京成電鉄5代目社長)



祖父:川崎千虎(明治期の有名な画家)

妻:ピアニスト

従兄弟:川崎小虎(有名な画家)


■川崎千春は根津生まれの江戸っ子で、川崎家は代々、尾張徳川藩のお抱え絵師を務める家系であった

■従兄弟の小虎(しょうこ)は日本芸術院恩賜賞を受けた日本画家で、長女の「すみ」は東山魁夷に嫁いだ

■親族に画家が多く、川崎自身も「油絵で薔薇を描かせたら天下一品」であったという。またバイオリンを得意とした

■川崎は京成電鉄で21年間トップの座に君臨。ディズニーパークの日本誘致を発案した人物であり、東京ディズニーランドの建設計画においても中心となった一人である


※参考文献『日経新聞(私の履歴書)』(2017年5月6日)


略歴
■川崎千春(かわさき・ちはる)
【1903年~1991年】日本の実業家。京成電鉄第5代代表取締役社長、オリエンタルランド初代代表取締役社長、京成百貨店代表取締役社長、成田空港交通代表取締役社長などを歴任。趣味はゴルフ、邦楽、古バイオリン修理。茨城県出身。東京帝国大学経済学部卒業

コロンブス 子孫

コロンブス 家族・子供・末裔
(探検家、航海者)



父:ドメニコ・コロンボ(毛織商)
母:スサーナ・フォンタナローサ
弟:バルトロメオ(2歳下)


・フェリパ(ポルトガル人)
・ベアトリス・アラーナ(内縁)

長男:ディエゴ・コロン(1481年頃誕生)
次男:フェルナンド・コロン(1488年頃誕生)


・マリア・コロン・デ・トレ
(初代グアダレスト侯爵に嫁ぐ)

・ルイス・コロン・デ・トレド
(最初のベラグア公爵。初代ジャマイカ侯爵)

・クリストバル・コロン・デ・トレド


■クリストファー・コロンブスは1451年頃、北イタリアの港町、ジェノバで生まれたとされる

■父親のドメニコ・コロンボは、毛織商人のかたわら、家では小さな店も開いて、葡萄酒やチーズを売っていた

■コロンブス29歳の頃にリスボンで、フェリパというポルトガルの女性と知り合い結婚した。直ぐに長男・ディエゴが生まれる

■34歳の頃に、妻のフェリパが亡くなる


※参考文献『コロンブス』(小学館)。著者:谷真介


略歴
クリストファー・コロンブス
【1451年頃~1506年】イタリアのジェノバ出身の探検家、航海者、商人。キリスト教世界の白人としては最初にアメリカ海域へ到達したひとりである

マルコ・ポーロ 子孫

マルコ・ポーロ 家族・子供・末裔
(商人・冒険家)



叔父:マフェオ・ポーロ(商人)
父親:ニコロ・ポーロ(商人)

妻:1299年に結婚。ポーロ45歳の時

子供:娘が3人


■父・ニコロ・ポーロと叔父・マフェオ・ポーロが宝石の取引のためにヴェネツィアを
船出している最中の、1254年9月15日にヴェネツィアでマルコ・ポーロが生まれる。この間にニコロとマフェオはフビライ・ハンに会っている

■ニコロとマフェオがヴェネツィアに帰ってきたのが、1269年の夏。マルコが15歳の時。この時に初めて父子が顔をあわす。実母は既に亡くなっていた

■1271年、マルコが17歳の頃にニコロとマフェオと3人で元の国に向かってヴェネツィアを出発する

■1275年、マルコが21歳の頃、ポーロ家の3人はフビライ皇帝に会い、それ以来17年間フビライ皇帝に仕えた

■1324年、マルコ・ポーロは妻と娘と、わずかな友人達に看取られながら、70歳で亡くなった


※参考文献『マルコ・ポーロ』(ポプラ社)。著者:おき・たかし


略歴
■マルコ・ポーロ
【1254年~1324年】ヴェネツィア共和国の商人、船乗り。大冒険家。著書にヨーロッパへ中央アジアや中国を紹介した『東方見聞録(とうほうけんぶんろく)』がある
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