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中嶋常幸 家族

中嶋常幸 家系・夫人・子供
(プロゴルファー)


祖父:常三郎(建設会社を起こす)
祖母:トメ(桐生の人)

父:中島巌(ゴルフ場会社経営者)
母:ナミ子(栃木県生まれ)

弟:中島篤志(東松苑ゴルフ倶楽部理事長)
弟:中島和也(プロゴルファー)
弟:
妹:中島恵利華(プロゴルファー)

妻:律子

長女:中島佳乃(日本女子オープン出場)
長男:中島雅生(プロゴルファー)

いとこ:常美(プロゴルファー)


■1954年10月20日、群馬県桐生市に父・ 巌、母・ナミ子の長男として誕生

■弟が3人、妹が1人

■父親の巌は『スパルタおやじ』として有名だったという

■祖父の常三郎は島根県津和野町出身で、土木・建設会社を起こし治水事業に携わった

■すぐ下の弟の篤志とは8歳離れていたので、遊び相手は1歳下のいとこ・常美(プロゴルファー)であった


※参考文献『日経新聞(私の履歴書)』


略歴
■中嶋常幸(なかじま・つねゆき)
日本のプロゴルファー。バプテスト派のクリスチャン。ライバルの青木功、尾崎将司とともに日本男子プロゴルフ界を代表する名選手で、3人の姓を合わせて「AON時代」を築いた。1954年10月20日生まれ。群馬県出身

坪内寿夫 家族

坪内寿夫 家系・子供
(再建王・船舶王)


父:松前町で芝居小屋を経営
母:松前町で芝居小屋を経営
妻:一般人
子供:なし

甥:坪内正光(昭和漁業)


■1914年、愛媛県伊予郡松前(まさき)町で生まれる

■両親は松前町で、大坪座、第二大坪座という芝居小屋を経営した。その影響で、坪内は小さい頃から大衆演劇や浪花節に親しんで育った

■坪内は子宝には恵まれなかった。そのため、社員から愛され、信頼される『オヤジ』のごとく経営者になりたいという思いが強く、それを当初から経営目標の一つにおいたという

■坪内は一軒の映画館経営から事業を始め、造船、金融、ホテル、観光など170社以上の企業を擁した。倒産寸前の企業を数多く再建させた手腕から、「再建王」とも称された


【参考文献】
『坪内寿夫語録 成功への意識革命』PHP研究所


略歴
■坪内寿夫(つぼうち・ひさお)
【1914年~1999年】日本の実業家。倒産寸前の企業を数多く再建させた手腕から、一時はマスコミによって「再建王」、また船舶・造船・ドック会社を多数抱えたことから「船舶王」、四国を中心としたグループ形態から「四国の大将」とも称された。愛媛県伊予郡松前町で生まれた

牧尾英二 家族

牧尾英二 家系・夫人・子供
(A‐Zスーパー創業者)


父:洋服の仕立てや
妻:一般人
子供:あり


■1941年、鹿児島県阿久根市に男4人、女2人の6人兄弟の長男として生まれる

■父親は、もともと洋服の仕立屋、いまでいうオーダーメイドを商売にしていた

■男4人は揃って車好きで、富士精密工業、警視庁の機動隊、いすゞ自動車の開発、ホンダの開発へという具合に、4人とも車に関係する仕事に就いた

■阿久根市は、鹿児島県北西部の東シナ海沿いに位置する

■ボンタン、デコポン、サツマイモなどの産地として知られ、東シナ海で獲れるイワシ、アジ、サバ、キビナゴなどの漁が盛んな半農半漁の町である

■過疎化と高齢化が進む不憫なこの町で、年中無休、24時間営業の大型店を開店した


※参考文献『利益第二主義』


略歴
■牧尾英二(まきお・えいじ)日本の実業家。年中無休・24時間営業のお店、A‐Zスーパーセンター(A-Zあくね、A-Zはやと、A-Zかわなべ等)創業者。1941年、鹿児島県阿久根市に生まれる

津村重舎 子孫

初代津村重舎 家系・家族・子供
(ツムラの創業者)


実父:山田安次郎(宇陀郡出身)
実母:藤村(宇陀郡榛原町出身)
養父:津村磯次郎(父の実弟)
養母:津村みつ

兄:山田安民(ロート製薬創業者)
弟:岩吉(津村敬天堂を設立)
姉:クニ

妻:

長男:2代津村重舎(ツムラ2代社長)

孫:津村昭(ツムラ3代社長)
孫:風間八左衛門(ツムラ4代社長)


■津村重舎は、明治4年に奈良県宇陀郡伊那佐村で生まれた。父は山田安次郎、母は同じ宇陀郡榛原町の藤村家から嫁いだ。重舎は次男で、他に長男、安民(ロート製薬創業者)、三男(岩吉)、長女(クニ)の兄姉弟がいた

■重舎は実父・安次郎の実弟・津村磯次郎と養子縁組を結び、津村姓を名乗ることになった

■重舎が最初に売り出した『中将湯』は、母方の藤村家に家伝の薬として伝えられていたものだった


※参考文献『ツムラ・革新しつづける老舗の挑戦』著者:中江克己


略歴
■初代津村重舎(つむら・じゅうしゃ)
【1871年~1941年】日本の実業家。現在の株式会社ツムラの創業者。貴族院議員。大和国(奈良県)出身。1893年(明治26年)に中将湯本舗津村順天堂(現・ツムラ及びバスクリンの前身)を創業した

丹羽宇一郎 家族

丹羽宇一郎 家系・夫人・子供
(伊藤忠社長、中国大使)


祖父:本屋を経営

父:通信機器販売会社経営
母:蔦江(実家は陶磁器)

兄:洋一

妻:名保子

娘:名津美
娘:真美子


■丹羽宇一郎は1939年1月29日、名古屋で生まれる。5人兄妹

■生まれたのは名古屋市西南部の先端、下之一色町という町で、祖父が『正進堂』という屋号で本屋を経営。この町では唯一の本屋であった

■祖父は体格や立ち居振る舞いが古武士風であった

■父は終戦を迎えてから、名古屋に戻り家を建てる。自分で通信機器の販売会社をつくって、栄町という名古屋の中心地に事務所をもった

■母の実家は瑞浪市という陶磁器の町。『山九』という屋号で、輸出用の陶磁器を手がけた


※参考文献『人は仕事で磨かれる』


略歴
■丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)
日本の経営者。伊藤忠商事社長。日本郵政株式会社取締役。特定非営利活動法人国際連合世界食糧計画WFP協会会長。中国大使。早稲田大学特命教授。日中友好協会会長。グローバルビジネス学会会長などを歴任。1939年1月29日、愛知県名古屋市で生まれる。名古屋大学法学部卒業
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