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石原邦夫 家族

石原邦夫 家系・子供
(東京海上日動火災初代社長)


父:石原紫朗(日本鉱業勤務)
母:さち(実践女学高卒)

妻:千代子(実践女子大卒)

子供:長男、次男


■1943年10月17日、満州の新京市で生まれた

■父親の紫朗と母親のさちは共に水戸の士族の出身で遠い親戚(またいとこ)だった

■紫朗は東京商科大学(現一橋大学)で弓道部主将を務めた。日本鉱業(現TGホールディングス)に就職。満州では、経理や石炭の調達などを担当する課長職で、満州の首都の新京にあった石造りの2階建ての立派な社宅に住んだ。家にはお手伝いさんもいた。趣味はカメラ

■母の実家は水戸徳川家の奥右筆(おくゆうひつ)。主に殿様や奥方の文書を代筆する仕事で、幕末は徳川斉昭公夫人に仕えていたという


※参考文献『日経新聞(私の履歴書)』


略歴
■石原邦夫(いしはら・くにお)
日本の経営者。東京海上ホールディングス及び東京海上日動火災保険の初代社長・会長や日本損害保険協会会長、経済同友会副代表幹事、三菱東京UFJ銀行取締役、NHK経営委員会委員長、経団連副会長、日米経済協議会会長、東京急行電鉄監査役、日本郵政社外取締役などを歴任。旭日大綬章受章。1943年10月17日、旧満州新京市に生まれ、その後東京都へ転居。東京大学法学部法律学科卒業

三木谷浩史 家系

三木谷浩史 家族・子供
(楽天創業者)



高祖父:本多忠明
曽祖父:本多忠銓
曽祖父:浦島茂十郎
曽祖母:田嶋松ゑ(実業家の家系)

祖父:三木谷清三(享年28)
祖父:浦島秀雄(三菱商事)
祖母:本多昌子(本多忠勝の子孫)

父:良一(神戸大学名誉教授)
母:節子(兼松江商の社員)
姉:育子(医師で大阪大学医学博士)
兄:研一(神戸学院大学栄養学部客員教授)
妻:晴子(日本興業銀行)

※親戚にはミノルタカメラの創業者、田嶋一雄がいる


■祖母の本多昌子は徳川家康の側近・本多忠勝の子孫

■本多家は明治になると華族(子爵)となるが没落した

■父方の三木谷家は兵庫県の三木出身。神戸に出てきて三木屋という米問屋を営んだ。三
木屋の屋を谷にかえて三木谷と名乗った。米騒動で三木屋は倒産

■父親の良一は神戸大学名誉教授、イェール大学客員教授を歴任

■母親の節子は神戸大学卒業後、兼松江商に入社したキャリアウーマンだった

■妻の晴子は上智大学文学部英文学科を卒業し日本興業銀行入行。三木谷の後輩

■家族と外出していたある日の夜、ある男性が近づいてきて一緒に写真を撮らせて欲しと
頼んできた。三木谷は家族と時間を過ごしたいので、彼の申し出を断った。後で妻が、あ
の時の振る舞いは間違いだと指摘。ちょっとの間、立ち止まって写真を撮られるくらい
はたいしたことはない。あなたにとってはたいしたことなくても彼にとっては何か意味
のあることだったかもしれない。このように妻に指摘されて、妻の言うことが正しいと思
えてきたという


参考文献
『NHKファミリーヒストリー(2018年12月15日放送)』
『楽天流』


三木谷浩史(みきたに・ひろし)略歴
楽天グループ創業者。1965年 兵庫県神戸市生まれ。一橋大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほ)に入行。1993年、ハーバード大学にてMBA取得。興銀を退職して独立。1997年現・楽天を設立。新規球団(東北楽天ゴールデンイーグルス)誕生となるプロ野球界に参入

渡辺恒雄 家族

渡辺恒雄(ナベツネ)家系・子供
(読売グループのドン)


父:平吉(不動貯金銀行に勤務)
母:花(101歳で死去)
妻:鍋島篤子(東宝の女優)
子供:息子あり


■5人姉弟の三番目で長男として生まれた

■父親の平吉は不動貯金銀行(旧協和銀行の前身・現りそな銀行)に勤務した。47歳の若さで、病気で亡くなる。恒雄が8歳のときだった

■不動貯金銀行は同族銀行だったので恒雄の親戚がたくさん勤務していた。母親のいとこにあたる牧野元次郎という人が頭取をしていたこともあった。ナンバー2の柳井信治は母の兄であった

■母親の花はクリスチャンだった。101歳で死去

■妻の鍋島篤子は佐賀の鍋島家の分家で、遠山の金さん(遠山景元)と同時代に北町奉行を勤めた旗本、鍋島内匠頭直孝(たくみのかみなおたか)の末裔だという。東宝の女優をしていたが体をこわしモデルに転身した


参考文献『君命も受けざる所あり 渡邉恒雄 私の履歴書』


略歴
■渡邉恒雄(わたなべ・つねお)
株式会社読売新聞社社長、球団オーナー、株式会社読売ジャイアンツ取締役最高顧問、社団法人日本新聞協会会長などを歴任した。カンヌ国際広告祭で、「MEDIA PERSON OF THE YEAR」に選ばれ、日本新聞協会より「新聞文化賞」受賞。1926年5月30日、東京で生まれる。東京大学文学部哲学科卒業。著訳書に「派閥」「党首と政党」「大統領への道」など20冊余がある

茅陽一 家族

茅陽一 家系・夫人・子供
(地球温暖化問題の第一人者)


祖父:木村栄(天文学者)

父:茅誠司(物理学者)
母:伊登子(木村栄の長女)

姉:東大
姉:
弟:幸二(東大)
弟:

妻:宏子

子供:娘が2人


■1934年、札幌で茅誠司と伊登子の長男として生まれる。姉2人、弟2人の5人姉妹兄弟の真ん中にあたる

■祖父の木村栄は緯度計算における『Z項』と呼ぶ補正項に関する業績で高名

■父親の茅誠司は物理学者で17代東京大学総長を務めた

■父親は一見、放任主義に見えるが、子供を信頼してくれるよい父であったという。厳しい面はあったが、子供の進路についてはほとんど口をはさまなかった


参考文献『日経新聞(私の履歴書)』


略歴
■茅陽一(かや・よういち)
日本の研究者。工学者。東京大学名誉教授。地球環境産業技術研究機構理事長。ローマクラブ本部会員。IPCC国内連絡会座長。日本における地球温暖化問題の第一人者である。1934年5月18日生まれ。北海道出身。東京大学工学部電気工学科卒業。東京大学大学院博士課程修了

山極勝三郎 子孫

山極勝三郎 家系・子供
(病理学者)


実父:山本政策(上田藩士)
実母:とも
養父:山極吉哉(医師)

兄:彦太郎
兄:浅野釚次郎
妹:末子

妻:包子(山極吉哉の長女)

長男:一郎(夭折)
三男:山極三郎(動物学者・病理学者)
四男:末男

長女:春子
次女:梅子
三女:花子

孫:山際清一


■1863年、信州の上田藩の貧しい士族であった、上田藩士の山本政策(まさつね)の三男として生まれた

■兄が2人、妹が一人の4人兄弟

■同郷の医師である山極吉哉の養子となり、ドイツ語を学びつつ医師を目指す

■山極家は、代々上田藩の御殿医をつとめていた医者の家系であるが、初代は足利氏に仕えた、足柄山の山極城主の武将だった

■勝三郎が小学校を卒業したとき、上田には中学校がなかった。そのため彼は、卒業後しばらく小学校に残って、教師の授業を手伝った

■そのうちに上田にも中学校ができたため、入学した

■16歳の春に上京し、私立のドイツ語学校で学び、その後、東京大学医学部予科に入学した


略歴
■山極勝三郎(やまぎわ・かつさぶろう)
【1863年~1930年】日本の病理学者。東京帝国大学医学部教授。勲一等瑞宝章。人工癌研究のパイオニアとして知られる。信濃国上田城下(現在の長野県上田市)に上田藩士の山本政策(まさつね)の三男として生まれた
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