伊佐庭如矢 家族

伊佐庭如矢(道後湯之町長)家系図・家族・子孫



父:成川国雄(町医者)
妻:射狭(いさ。阿部家の娘)
子供
長男:柯(おのえ)。家督を継ぐ


■成川家は、土佐から松山にやってきて松山藩に出仕し医療に携わり、和歌に造詣が深く弟子を多く持っていた家だった

■1828年9月12日、伊予国(現・愛媛県松山市)に町医者・成川国雄の三男として生まれた

■1844年 阿部家に養子として入る

■長男が20歳の時に家督を譲り、分家して伊佐庭姓を名乗る

■道後温泉を松山市の有名な観光地にした人物として知られる

■1902年 3期12年の任期を満了して、道後湯之町長を勇退

■1907年 9月4日脳溢血により死去。80歳没


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
人物別名言http://meigennooukoku.net/


伊佐庭如矢(いさにわ・ゆきや)略歴
【1828年~1907年】初代道後湯之町長、山田郡郡長、愛媛県高松中学校(明治19年に廃校)校長、金刀比羅宮禰宜などを歴任。道後温泉本館を改築し、道後温泉を松山市の有名な観光地にした人物として知られる。本名は成川斧右衛門(なりかわ・おのえもん)。1828年9月12日、伊予国(現・愛媛県松山市)で生まれた
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