下山定則 家族

下山定則(国鉄初代総裁)家系図・家族・子孫



父親:下山英五郎(地方裁判所の所長を歴任した)
配偶者:妻あり
子供:夫人との間に4男をさずかった


■三高時代には稚内から鹿児島まで駅名を暗唱して友人から「鉄道」というあだ名をつけられた

■新幹線プロジェクトのリーダーとなる島秀雄とは学生時代からの親友である

■1949年7月5日朝、国鉄総裁であった下山は出勤途中に失踪、翌日未明に死体となって発見された。この出来事は後に下山事件と呼ばれる


関連サイト
妻たちの新幹線(登場人物)
http://goo.gl/9qSouw


下山定則(しもやま・ さだのり)略歴
【1901年~1949年】日本の鉄道官僚。運輸次官、日本国有鉄道総裁(初代)などを歴任した。1901年7月23日生まれ。兵庫県出身。静岡中学、津中学、三高卒業。1925年に東京帝国大学工学部機械工学科を卒業し鉄道省に入省。1948年4月に運輸次官に就任。1949年6月1日、日本国有鉄道(国鉄)が発足して初代総裁に就任した
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