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岩井喜一郎 家族

岩井喜一郎(摂津酒造常務)家系図・家族・子



父:喜右衛門
母:はな(京都、北川卯吉郎長女)
弟:種一
妹:みち(鳥取県人野田昌明に嫁す)
妻:いを(京都、鈴木治太郎二女)
息子と娘がいる
女婿:本坊蔵吉(元本坊酒造会長)


■摂津酒造は日本の代表的なアルコール蒸留業であった

■摂津酒造は明治40年からアルコール製造を始め、44年にはそのアルコールを原料にしたイミテーション・ウイスキーをつくる会社であった。岩井の努力の研究の結果、アルコールの「におい」の悪さを除く装置であるフーゼル・セパレーターのよいのができていたため、品質には定評があった

■母校の大阪高等工業(現・大阪大学)の後輩に竹鶴政孝(後のニッカウヰスキー創業者)がいた。摂津酒造へ入社の際、竹鶴は岩井を頼って入社した

■1918年摂津酒造・阿部喜兵衛社長、常務であった岩井喜一郎が、竹鶴政孝をスコットランドに派遣。1920年に、日本人として初めてウイスキー造りを学んだ竹鶴政孝が帰国し、岩井喜一郎に実習報告書を提出した。国産ウイスキーの原点『竹鶴ノート』(全2冊)=実習報告である


関連サイト
トップページ http://bit.ly/1hFgCsj
テーマ別名言格言 http://bit.ly/1jIa9Nh


岩井喜一郎(いわい・きいちろう)略歴
【1883年~1966年】日本の技術者、実業家。摂津酒造常務取締役兼技師長を歴任。明治42年に、摂津酒造においてアルコール連続蒸留装置を考案。岩井式アルコール連続蒸留装置としての地位を確立。明治45年に新式焼酎(焼酎甲類)並びに、酒精含有飲料を全国に率先して製造開始、大正8年に合成清酒を開発し、工業的大量生産の創始となった
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