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蘇我理右衛門 家族

蘇我理右衛門(銅商)家系図・家族・子



父親:蘇我平兵衛
義弟:住友政友(住友家の家祖)
妻:雪(住友家の家祖、住友政友の姉)
長男:理兵衛(娘婿として住友家に入り住友友以(とももち)と名乗る)
次男:忠兵衛(家業の泉屋を継ぐ)
息子:八兵衛


■蘇我理右衛門(そが・りえもん)は住友財閥の業祖と呼ばれ、家祖と呼ばれる義弟の住友政友とともに、創業者の一人に位置づけられる

■1572年、河内国五條(現在の大阪府東大阪市)の蘇我平兵衛の次男に生まれる

■銅精錬・銅細工の修業をし、1590年、京都寺町五条(松原)に「泉屋」として独立する

■当時、わが国の銅吹き技術は未熟で、粗銅に含まれる銀を抜き出せないままに輸出され、外国商人をいたずらに儲けさせていた。理右衛門は、南蛮人(ヨーロッパ人)に鉛を使って銀と銅の吹き分けが出来る原理を聞き、苦心の末、新技術「南蛮吹き」を完成させる。これにより泉屋は大いに栄え、銅業界での確固たる地位も築く。京都東山の方廣寺の大仏(現存せず)や大坂冬の陣の原因とされる「国家安康 君臣豊楽」の銘文のある大梵鐘の銅も、大部分は理右衛門が奉納したと言われている

■住友政友の姉を妻とし、4男2女あったとされる

■次男の忠兵衛は浅井に改姓して二条高倉に移転して泉屋を継いだが、その子の忠右衛門の代に事業が住友家に吸収された


関連サイト
トップページ http://bit.ly/1hFgCsj
人物別名言集 http://bit.ly/1j4tg4M


蘇我理右衛門(そが・りえもん)略歴
安土桃山時代から江戸時代にかけての銅商。住友財閥の業祖と呼ばれ、家祖と呼ばれる義弟の住友政友とともに、創業者の一人に位置づけられる
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