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渡邊嘉一 家族

渡邊嘉一(日本土木史の父)家系図・家族・子



父:宇治橋瀬八
養父:渡邊忻三(最終階級・海軍機関少将)
妻:海軍機関総督横須賀造船所長渡邊忻三の長女
息子:朝比奈隆(指揮者。愛人との間に生まれた)


■信濃国上伊那郡朝日村(現・辰野町)平出にて、宇治橋瀬八の非嫡出子として生まれた

■工部大学校(現・東京大学工学部)予備校を経て、同大学校土木科に官費入学。在学中、24歳の時、大鳥圭介に才能を買われ、1882年、大鳥の仲介により海軍機関総督横須賀造船所長渡邊忻三の長女の婿養子となる。1883年、同校を首席で卒業

■工部省に技師として入省し鉄道局に勤務。1884年、退官して英国グラスゴー大学に留学し土木工学を専攻、1886年に理学士の学位を取って卒業。「サー・ジョン・ファウラー及びサー・ベンジャミン・ベイカー工務所」で技師となり、その後4年間、カンチレバー形式によるフォース鉄道橋の建築工事に監督係として参画。この時にジョン・ファウラーとベンジャミン・ベイカーと三人で一緒にカンチレバー構造の原理を実演した写真は有名で、この写真は現在の英国のスコットランドで発券されている20ポンド紙幣に載せられている

■関西瓦斯社長、東京月島鉄工所社長、東洋電機製造社長、東京石川島造船所(現・IHI)社長などを歴任した


関連サイト
トップページ http://bit.ly/1hFgCsj
人物別名言集 http://bit.ly/1j4tg4M


渡邊嘉一(わたなべ・かいち)略歴
【1858年~1932年】日本の土木技術者、実業家。日本土木史の父と呼ばれる。旧姓は宇治橋。信濃国上伊那郡朝日村(現・辰野町)平出にて、宇治橋瀬八の非嫡出子として生まれる
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