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賀川豊彦 家族

賀川豊彦 家系・子供・子孫
(キリスト教伝道者)


父:賀川純一(神戸の回漕業者)
母:かめ(徳島の芸妓)
妻:ハル(女工)
息子:賀川純基(教会音楽家)
孫:賀川督明(グラフィック・デザイナーで神戸の賀川記念館館長)


■幼少期に相次いで父母と死別して、5歳の時、姉と共に徳島の本家に引き取られるも、兄の放蕩により15歳の時に賀川家は破産。叔父の森六兵衛の家に移ることになった

■女工のハルと貧民窟で出会い、1913年(大正2年)に神戸の教会で簡素な結婚式を挙げた

■著書『死線を越えて』は大ベストセラーとなった

■1947年と48年の2回にわたってノーベル平和賞の候補になったこともある




賀川豊彦(かがわ・とよひこ)略歴
【1888年~1960年】大正・昭和期のキリスト教伝道者で、社会運動家の草分け的存在。日本農民組合創設者。キリスト教における博愛の精神を実践した「貧民街の聖者」として日本以上に世界的な知名度が高い。茅ヶ崎の平和学園の創始者でもある。兵庫県神戸市生まれ。21歳の時に神戸の貧民街に身を投じて伝道活動を始め、労働運動や農民運動の指導者として活躍する。貧困をなくすために、教育・経済的活動を基本とする協同組合組織の必要性を感じ、生協やJA共済事業を設立した。1947年と48年の2回にわたってノーベル平和賞の候補になったこともある
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