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岩佐又兵衛 子孫

岩佐又兵衛(絵師)家族・末裔・子共



父:荒木村重(有岡城主)
子供(子孫)
長男:岩佐勝重(江戸時代初期の画家。家を継いだ)
長谷川等伯(絵師)の養子になった長谷川等哲も又兵衛の子といわれる


■父・村重は織田信長の家臣であったが、信長に反逆を企て、失敗する(有岡城の戦い)。落城に際して荒木一族はそのほとんどが斬殺されるが、数え年2歳の又兵衛は乳母に救い出され、石山本願寺に保護された

■成人した又兵衛は母方の岩佐姓を名乗り、信長の息子織田信雄に近習小姓役として仕えたという。文芸や画業などの諸芸をもって主君に仕える御伽衆のような存在だったと考えられる

■代表作としては川越市喜多院の「三十六歌仙」の額絵、肉筆「職人尽」が挙げられる。初期風俗画の先駆者の一人であった


関連サイト
画家(日本)語録集 http://bit.ly/12UZI29


岩佐又兵衛(いわさ・またべえ)略歴
【1578年~1650年】江戸時代初期の絵師。諱(いみな)は勝以(かつもち)。通称「吃の又平(どものまたへい)」。摂津国河辺郡伊丹(現・兵庫県伊丹市伊丹)の有岡城主荒木村重の子として生まれた
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