玉虫左太夫 子孫

玉虫左太夫(仙台藩)家系・子供


父親:玉虫伸茂(仙台藩士)

子孫:玉虫文一(物理化学者)


■1823年、仙台藩士の玉虫伸茂の末子として生まれる

■24歳にして幕府直轄の学問所である昌平黌(しょうへいこう)のトップ・林復斎(ふくさい)の門下に入り、その塾長を務めるほどの秀才であった

■1860年、日米修好通商条約の批准書交換使節団の一員として渡米した、帰国後大番士となる

■半年以上にも及ぶ航海の間、玉虫は期待にたがわず、日々の記録を欠かすことがなかった。その克明詳細な日記は『航米日録』と題され、貴重な歴史資料として現在に残されている。

■仙台藩主の伊達慶邦の命を受け、薩長を中心とする新政府軍に対抗する「奥羽越列藩同盟」を成立させるために東北諸藩を回り、戊辰戦争中の1868年5月6日に同盟を成立させる

■末裔に物理化学者で東京大学名誉教授の玉虫文一がいる。1982年死去


略歴
■玉蟲左太夫(たまむし・さだゆう)
【1823年~1869年】江戸時代後期(幕末)から明治時代幕末の仙台藩の藩士。江戸で林復斎に学ぶ。蝦夷(えぞ)地を視察。咸臨(かんりん)丸で渡米。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟成立に奔走したが、藩論一変のため明治2年4月14日切腹させられた。47歳
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