上原勇作 子孫

上原勇作 家族・家系・子供
(元帥陸軍大将)


祖父:四位次兵衛(都城島津藩士)
叔母:ギンヅル(孫が吉薗周蔵)

実父:龍岡資弦(都城島津藩士。家老格)
実母:四位タカ

養父:上原尚実(島津藩士)

妻:上原槙子(陸軍大将・野津道貫長女)

息子:勇次郎
息子:勇三郎
長女:愛子(貴族院議員・大塚惟精に嫁ぐ)
次女:尚子(大林組2代目社長・大林義雄に嫁ぐ)
三女:しず子(医師・小沢凱夫嫁ぐ。六麓荘に住む)

従兄弟:四位眞助(しい・しんのすけ)
従姪:四位眞佐(帝人副社長・田宮豊治に嫁ぐ)


■上原勇作は島津支藩の都城藩士・龍岡資弦の次男として生まれた。龍岡家は島津家の支族で、もとは北郷と称したが1713年に龍岡に改めた。家紋は「三階菱(さんがいびし)」であるから清和源氏に潜入した橘姓小笠原流とみられる

■田宮豊治の実父・田宮嘉右衛門は神戸製鋼所の創業者

■上原勇作は従姪にあたる田宮眞佐(旧姓・四位眞佐)をとても可愛がった

■田宮眞佐(たみや・まさ)は上原勇作の子供と「またいとこ」にあたり、とても仲が良かった

■叔母のギンヅルの孫・吉薗周蔵(よしぞの・しゅうぞう)は上原勇作の陸軍特務として仕え、『吉薗周蔵手記』を残した。この手記は大正、昭和の歴史を知るうえの超一級資料とされる


※参考文献『「吉薗周蔵手記」が暴く日本の極秘事項』落合莞爾


上原勇作(うえはら・ゆうさく)略歴
【1856年~1933年】明治~昭和期の陸軍軍人。陸軍大臣、教育総監、参謀総長を歴任。軍人としての最終階級は元帥陸軍大将。陸軍大臣、教育総監、参謀総長、元帥の「陸軍三長官」を歴任したのは帝国陸軍史上、上原と杉山元の2名のみである
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