三島弥彦 子孫

三島弥彦(陸上選手)家族・妻・子供


祖父:三島通純(薩摩藩士)

父:三島通庸(薩摩藩士。警視総監)
兄:三島彌太郎(第8代日銀総裁)
甥:三島通陽(小説家。参議院議員)

親戚:本野一郎(駐露大使)


■三島家は藩の鼓指南役の家柄であったが、示現流剣術とともに伊地知正治から兵学を学んだ

■父親の三島通庸(みしま・みちつね)は、県令時代は反対派を押し切り強力に土木工事を進める手法から「土木県令」や「鬼県令」の異名で呼ばれた

■兄の三島 彌太郎(みしま・やたろう)は、貴族院議員、横浜正金銀行頭取、第8代日本銀行総裁などを歴任した。徳富蘆花の小説『不如帰』の登場人物、川島武夫のモデルでもある

■三島の身長は170cmを超える長身であった(当時の成人男性の平均身長が155cm前後)

■日本初のオリンピック代表選手として1912年開催のストックホルムオリンピックに参加した


略歴
■三島弥彦(みしま・やひこ)
【1886年~1954年】明治期の陸上選手。日本初のオリンピック代表選手として1912年開催のストックホルムオリンピックにマラソンの金栗四三とともに参加した。東京府東京市麹町区(現・東京都千代田区)出身。2歳のとき父を失い、学習院を経て東京帝国大学(現・東京大学)法科に進学
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