南渓瑞聞 子孫

南渓瑞聞(龍潭寺住職)家族・末裔・子供


父親:井伊直平(今川氏の家臣。遠江国の国人井伊氏当主)
大姪:井伊直虎(戦国の女城主。井伊氏第24代当主井伊直政の養母)


■井伊直平の息子、あるいは養子だとされ、井伊直虎の大叔父にあたる

■龍潭寺の2世住持で、南渓和尚とも呼ばれた。今川義元の葬儀を取り仕切る安骨大導師なども務めた

■直虎が「次郎法師」と名乗って出家した時の師でもある

■直虎の婚約者だった亀之丞(後の直親)の松源寺への亡命や、直虎の家督相続などに尽力し、たびたび井伊家の危機を救った。直虎の指南役的存在であった


関連サイト
南渓瑞聞語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4215.html


南渓瑞聞(なんけい・ずいもん)略歴
【生年不詳~1589年11月6日)】戦国時代の僧侶。臨済宗龍潭寺二世住職。南渓和尚とも呼ばれた。龍潭寺(りょうたんじ)は、静岡県浜松市北区にある臨済宗妙心寺派の寺院である。井伊家と宗良親王(後醍醐天皇の皇子)の菩提寺であったとされる。天平5年(733年)、行基(ぎょうき)によって開かれたといわれる地蔵寺(じぞうじ)が起源。寛治7年(1093年)に、井伊家の始祖・井伊共保(いい・ともやす)の菩提寺となって自浄院(じじょういん)と呼ばれ、南北町時代には宗良親王の追福のために冷湛寺(れいたんじ)と改称。天文元年(1532年)に井伊直平が臨済宗に改宗したのを機に龍泰寺(りゅうたいじ)と改められ、永禄3年(1560年)に井伊直盛の法号から龍潭寺(りょうたんじ)と改称された
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