糸川英夫 家族

糸川英夫(宇宙開発の父)家系・子供


父:小学校の校長を務めた
母:
妻:あり
子供:息子がいた


■「宇宙開発の父」「ロケット博士」と呼ばれた航空工学、宇宙工学の研究者

■糸川の教え子にJAXA名誉教授の的川泰宣がいる

■著書『逆転の発想』はベストセラーになった

■趣味:音楽、ヴァイオリン、チェロ、バレエ、占星術、演劇など


参考文献『NHK知恵泉(2016年12月13日放送)』


関連サイト
糸川英夫語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4140.html


糸川英夫(いとかわ・ひでお)略歴
【1912年~1999年】日本の工学者。専門は航空工学、宇宙工学。ペンシルロケットの開発者。「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」と呼ばれた。1912年7月20日、東京市麻布区で生まれる。東京帝国大学工学部航空学科卒業。中島飛行機に入社。戦後、東京帝国大学第二工学部教授に就任。著書『航空力学の基礎と応用』『現代の冒険4 宇宙への遠い道』『前例がないからやってみよう』『逆転の発想』など
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糸川先生の思い出

昭和16年ごろ、私は府立四中の夜間部に通学しており、昼間は帝国大学第一工学部、航空学科機体教室に勤務しておりました。(給料は36円)       当時、糸川先生は(たぶん軍の依頼で)木製航空機の素材を研究していたようです。わたくしの仕事は先生の作った素材の応力データをグラフにすることでした。要するに、タイガー計算機をたたくのが私の仕事でした。
そんな関係で、モスキートと云う英国製の戦闘機の図面を見たことがあります。
終戦後、海軍特別幹部練習生から焼野原の東京に帰ってきた私は、イの一番に 本郷の東大に行きましたが、だれにも会えなかったのが残念でした。

No title

 糸川先生とは、仕事上の会話はあったと思いますが、本当に無口でおしゃべり  をしない方でした。
 当時いっしょに働いていた仲間と、第一工学部教室前と安田講堂前で撮った   二枚の写真はパソコンに入れて、保存してあります。                 先生の写真がないのは残念です。  矢部不三雄
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