志賀直哉 子孫

志賀直哉(小説家)家族・子供


祖父:志賀直道(旧相馬中村藩主相馬家の家令を勤めた。足尾銅山の開発に携わる)
祖母:留女(るめ)

父:直温(実業家。総武鉄道や帝国生命保険の取締役などを歴任)
母:銀(伊勢亀山藩士佐本源吾の娘)

妻:康子(さだこ)

長女:慧子(さとこ)が1916年に誕生するが夭折
次女:留女子(るめこ)が1917年に誕生
長男:直康が1919年に誕生するも夭折
三女:寿々子が1920年に誕生
四女:万亀子(美術史家であり、お茶の水女子大学名誉教授を歴任した柳宗玄の妻)
次男:志賀直吉(岩波書店に勤務した)

孫:志賀道哉


■祖父の志賀直道は、古河財閥創始者古河市兵衛と共に足尾銅山の開発をし、相馬事件にも係わった

■白樺派を代表する小説家のひとりで、その後の多くの日本人作家に影響を与えた

■1949年、文化勲章を受章



志賀直哉(しが・なおや)略歴
【1883年~1971年】明治から昭和にかけて活躍した小説家。1883年2月20日、宮城県石巻市で生まれ、東京府で育つ。東京帝国大学国文科中退。代表作:『網走まで』『城の崎にて』『清兵衛と瓢箪』『和解』『小僧の神様』『赤西蠣太』『暗夜行路』
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