渋沢成一郎 子孫

渋沢成一郎(彰義隊頭取、実業家)家族・子供


父:渋沢文左衛門(文平)(武蔵国血洗島村(現埼玉県深谷市)の農民)
従兄:渋沢栄一(資本主義の父)

長男:渋沢作太郎
娘:千葉亀之助に嫁いだ

※イタリア文学者の野上素一は亀之助の娘婿なので、野上は成一郎の孫娘と結婚したことになる


■鳥羽・伏見の戦い後、彰義隊を結成し、頭取に就任。後に、副頭取の天野八郎と対立し、彰義隊を脱退する。維新後は実業家として名を馳せる。明治以降は渋沢喜作と改名

■明治時代は、小野組に入る。のちに相場師、実業家として手腕を発揮し、後に生糸貿易業、廻米問屋(「廻船問屋組合」の代表)などを経営するなど、明治時代の実業家として大きな成功を収めた


渋沢成一郎(しぶさわ・せいいちろう)略歴
【1838年~1912年】江戸時代の武士。慶応4年(1868年)、戊辰戦争が起こると、鳥羽・伏見の戦いに参戦。江戸帰還後、将軍警護を主張し、自分と志を同じくする幕臣等を集め、彰義隊を結成し、頭取に就任する。徳川慶喜が謹慎場所を江戸から水戸へ移すと、上野からの撤退を主張するが、武闘派の副頭取・天野八郎との対立が発生し、彰義隊を脱退した。明治時代は、実業家として活躍した
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