宇喜多秀家 子孫

宇喜多秀家(戦国武将)家族・子供


父親:宇喜多直家(戦国時代の武将。備前国の戦国大名)
母親:円融院(えんゆういん)
養父:豊臣秀吉

妻(正室):豪姫(前田利家の四女。豊臣秀吉の養女)

子供
・秀高(秀家と共に流刑)
・秀継(秀家と共に流刑)
・貞姫(前田利長養女、山崎長郷室→富田重家室)
・富利姫(前田利長養女、伏見宮貞清親王妃)
ほか


・於クス(大岡郷平太室)
・秀正(太郎助)
・半助
・於マツ
・藤松


■宇喜多家は滅亡したが、秀家と共に流刑となった長男と次男の子孫が八丈島で血脈を伝え、後に分家(浮田を称す)が3家興った。明治以後、宇喜多一族は東京(本土)に移住したが、数年後に八丈島に戻った子孫の家系が現在も墓を守り続けている

■関ヶ原を戦った大名の中では、最も遅くに没した人物である


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
宇喜多秀家語録http://goo.gl/iUlUvy


宇喜多秀家(うきた・ひでいえ)略歴
【1572年~1655年】安土桃山時代の武将・大名。豊臣政権下の五大老の一人。通称は備前宰相。戦国大名としての宇喜多氏最後の当主であり、備前美作57万4,000石
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