真田昌幸 子孫

真田昌幸(武将・大名) 家系・子供



父:真田幸隆(信濃の在地領主で、甲斐国の戦国大名である武田氏の家臣)
母:恭雲院(信濃国の豪族で海野氏に従った、河原隆正の妹)

兄弟
・信綱
・昌輝
・信尹(加津野昌春)
・金井高勝
・清鏡?


正室:山手殿(寒松院殿)

子供
・信之
・信繁(幸村)
・信勝
・昌親
・村松殿(小山田茂誠室)
・娘(真田幸政室)
・娘(鎌原重春室)
・娘(保科正光室)
・於菊(宇多頼次室のち滝川一積室)
・清光院(妻木頼熊室)
・於楽


■上田合戦で2度にわたって徳川軍を撃退したことで、徳川家康を大いに恐れさせた逸話で知られるが、関ヶ原の戦いで西軍についたために改易された


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
人物別名言集http://meigennooukoku.net/


真田昌幸(さなだ・まさゆき)略歴
【1547年~1611年】、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。甲斐の武田信玄の家臣となり信濃先方衆となった地方領主真田氏の出自。信玄・勝頼の2代に仕え、武田氏滅亡後に自立。織田信長の軍門に降り、滝川一益の与力となったが、本能寺の変後に再び自立し、近隣の後北条氏や徳川氏、上杉氏との折衝を経て、豊臣政権下において所領を安堵された
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