大橋鎭子 家族

大橋鎭子(暮しの手帖創刊)家系・夫・子供



祖父:九州小倉藩の小倉城の中で生まれる。新潟で油田を掘り当てる

父:大橋武雄(北大を出て日本橋の日本製麻に勤務した)
母:宮原久子(小樽育ち。女子美術学校出身)

妹:晴子(暮しの手帖社の創業メンバーの一人)
妹:大橋芳子(暮しの手帖社の創業メンバーの一人で、エッセイスト)


■『暮しの手帖』(くらしのてちょう)は、日本の家庭向け総合生活雑誌である

■1946年、花森安治と大橋鎭子が「衣装研究所」を銀座8丁目のビルの一室で設立。ここより刊行された『スタイルブック』が前身となった

■株式会社暮しの手帖社(くらしのてちょうしゃ)は、日本の出版社。『暮しの手帖』を発行している。主に家庭に関連する領域(エッセイ、住まい、料理、育児、健康など)の本を出版している

■2016年度 前期放送のNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』は、大橋をヒロインのモデルとして『暮しの手帖』の創業の軌跡を描くフィクション作品となっている


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
大橋鎭子語録http://goo.gl/0tMWM4


大橋鎭子(おおはし・しずこ)略歴・経歴(プロフィール)
【1920年~2013年】日本の編集者、エッセイスト、実業家、経営者。株式会社暮しの手帖社の創業者。雑誌『暮しの手帖』の創刊者。1920年3月10日東京・麹町の榊病院で生まれる。東京府立第六高等女学校(現東京都立三田高等学校)卒業。日本興業銀行に入行し、調査課に勤務。創刊されたばかりの日本読書新聞に入社。カットの仕事をしていた花森安治と知り合う。1946年、花森、鎭子・晴子・芳子の三姉妹と横山啓一で衣装研究所(現・暮しの手帖社)を銀座で設立して社長となり、雑誌『スタイルブック』を創刊。1948年には花森編集長の元で『美しい暮しの手帖』(後の『暮しの手帖』)の創刊に参加。1951年社名を暮しの手帖社と変える
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