西園寺公望 子孫

西園寺公望(内閣総理大臣)家族・家系



実父:徳大寺公純(右大臣)
実母:千世浦斐子(宇佐神宮の社家末弘氏の正親盛澄の娘、後に正心院)

兄:徳大寺実則(3度にわたって侍従長となり、内大臣や宮内大臣を歴任)
弟:末弘威麿(学校法人立命館理事)
弟:住友友純(住友財閥を継いで第15代住友吉左衛門を襲名)


・西園寺は生涯結婚せず、正妻はいなかったが、事実上の妻が4人ほどいたとされる

・小林菊子(新橋の芸者。尾張竹腰氏の家老、高野瀬和人の娘)
・中西房子(駿河台の西園寺本邸に暮らした)
・奥村花子(西園寺家の女中頭。パリ講和会議に同伴させ話題になる)
・漆葉綾子(京都の大泉寺住職漆葉光雲の娘)

子供
・新子
・園子

婿養子
・西園寺八郎(旧長州藩主・公爵毛利元徳の八男。官僚、貴族院議員)


・公一(参議院議員、外務省嘱託職員。ゾルゲ事件に連座した際に廃嫡)
・二郎
・不二男(西園寺家の第37代当主。東都銀行頭取、日産興業社長歴任)
・春子(住友友成夫人。住友家16代当主で、最後の住友本社社長)
・美代子(阿部一蔵夫人)


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西園寺公望語録http://bit.ly/zA7omY


西園寺公望(さいおんじ・きんもち)略歴
【1849年~1940年】内閣総理大臣(第12・14代)、政治家、公卿。京都生まれ。清華家の一つ徳大寺家の次男として誕生。戊辰戦争に参加。明治4年、フランス留学。滞仏10年ののち帰国し明治法律学校を設立。東洋自由新聞を創刊。オーストリア、ドイツ、ベルギー各国の駐在公使などをつとめる。帰国後、賞勲局総裁、枢密顧問官など経て、文相、外相を歴任。明治33年、枢密院議長。明治36年、立憲政友会総裁。明治39年首相となり、以後、桂太郎と交互に首相をつとめた。大正8年、パリ講和会議の全権委員。大正9年、公爵。最後の元老として大正末期から昭和初期にかけて、後継首相推薦の任にあたった。享年92歳
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