板垣退助 子孫

板垣退助(政治家)家族・家系



曽祖父:乾正聰(土佐藩馬廻役で、家格は知行300石)
祖父:乾信武(土佐藩馬廻役、家禄300石。土佐の奇人として知られた)

父親:乾正成
母親:山内勝長の妹

正妻:林益之丞政護の妹
継妻:中山弥平治秀雅の次女
継妻:絹子(きぬこ)。福岡孝弟養女、荒木伊三次の娘(荒木周道の妹)
権妻:板垣清子。金春芸者の小清妻:鈴(すず)。小谷正臣の娘

子供
長男:板垣鉾太郎
次男:乾正士
三男:板垣孫三郎
四男:板垣正實
五男:乾六一
長女:兵 (片岡光房妻)
次女:軍 (宮地茂春妻)
三女:猿(のち婉と改める)初め安川甚一妻、後小川一眞(写真家)妻
四女:千代子(浅野泰治郎(浅野財閥の御曹司・浅野セメント社長)妻
五女:良子(哲学者・小山鞆絵妻)

孫:小山朝光(小山海運社長。良子の三男)


■乾家の初代・正信は、甲斐の武田晴信(信玄)に仕えた部将・板垣信方の孫とされる

■正信の父・板垣信憲がゆえあって改易された後に誅された事件があった為、籠居して乾氏に名を改めた

■国会議事堂の中央広間の四隅の銅像のひとつが板垣退助。他は、大隈重信像、伊藤博文像、そして空の台座となっている


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板垣退助語録http://bit.ly/VdiLdm


板垣退助(いたがき・たいすけ)略歴
【1837年~1919年】土佐藩士。政治家。自由民権運動の主導者。征韓論に敗れると下野し、民撰議院設立を推進する運動を行う。自由民権論を唱え、全国的な組織づくりにつとめる。自由党党首となるが、岐阜で遭難。立憲自由党の総理を務める。享年82歳
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