成瀬仁蔵 子孫

成瀬仁蔵(日本女子大学創設者)家族・家系



父:成瀬小左衛門(長州藩毛利家の一門吉敷毛利家に仕える下級武士)
母:歌子(山口県の大歳村出身の藩士秦家の娘)

妻:服部マスエ(旧福井藩士の娘で同じ教会の信徒)

子供:なし


■梅花女学校校長を務め、女子高等教育機関の設立に着手。大阪市東区清水谷東之町(現天王寺区清水谷町)で建設を進めたが、その後、広岡浅子の働きかけで三井財閥から東京・目白の地(現在地)を寄贈され、1901年、日本女子大学校を創設した

■子供のいなかった成瀬は、自身の没後、家を断絶する道を選んだ

■生家跡は1934年に山口在住の卒業生有志によって、成瀬公園として整備された。公園内に設置された記念碑は毛利本家第29代当主の毛利元昭(貴族院議員)の揮毫によるものである


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成瀬仁蔵語録http://bit.ly/1e0U57o


成瀬仁蔵(なるせ・じんぞう)経歴(プロフィール)
【1858年~1919年】日本女子大学(日本女子大学校)の創設者。明治から大正のキリスト教牧師(プロテスタント)であり、日本における女子高等教育の開拓者の1人。現・山口県山口市吉敷大形で生まれた
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Author:日本の家系図
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