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藤原定家 子孫

藤原定家(鎌倉時代の公家・歌人)家系・家族・子孫



父:藤原俊成(鎌倉時代初期の公家・歌人『千載和歌集』の編者)
母:美福門院加賀(若狭守藤原親忠の娘で歌人)
妻:藤原季能の娘
長男:藤原光家(鎌倉時代初期の公家・歌人)
妻:藤原実宗の娘
三男:藤原為家(鎌倉時代中期の公家・歌人)
長女:藤原因子(後堀河院民部卿典侍、鎌倉時代前期の歌人)
次女:藤原香子


※定家の子孫は御子左家(嫡流は別名二条家とも)として続いたが南北朝時代から室町時代にいたる戦乱により嫡流は断絶した。御子左家の分家である冷泉家は現在も京都に於いて続いており、この系統からは4家の羽林家(上冷泉家、下冷泉家、藤谷家、入江家)を輩出したことでも知られる


■参考:『ウィキペディア』


関連サイト
藤原定家語録 http://bit.ly/1hDC81o


藤原定家(ふじわらの・ さだいえ)経歴(プロフィール)
【1162年~1241年】鎌倉時代初期の公家・歌人。『ていか』と音読みされることが多い。小倉百人一首の撰者で権中納言定家を称する。藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだとされる小倉百人一首(おぐら ひゃくにん いっしゅ)は、『歌がるた』として広く用いられ、通常、百人一首といえば小倉百人一首を指すまでになった。
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