竹鶴政孝 家族

竹鶴政孝(ニッカウヰスキー創業者)家系・家族・子孫



父:竹鶴敬次郎(広島県竹原町(現・竹原市)で酒造業・製塩業を営む)
母:チョウ
兄:竹鶴可文(北海道石炭鉱業会長、北海道炭砿汽船常務を歴任)
姉:延代(威の実母)
妻:ジェシー・ロバータ・カウン(通称はリタ)
養子:竹鶴威(たけし)(ニッカウヰスキーの社長、会長を歴任)
※竹鶴威(家系図)http://goo.gl/aw7hBL

孫:竹鶴孝太郎(デザイナー。共同印刷創業者の曽孫・大橋泉と結婚する)
親戚に大蔵省主税局、大蔵大臣・宮内大臣などを歴任した石渡荘太郎がいる


■明治27年、広島県竹原町(現・竹原市)で竹鶴敬次郎の四男五女の三男として生まれた。竹鶴家は広島県竹原で江戸時代から酒造業を営む家系。

■竹鶴という苗字は、家の裏にあった竹林に鶴が巣を作ったことに由来する

■威は政孝の姉の子で甥にあたる。政孝とリタの間に子がなかったため、20歳の時、竹鶴家に養子入りした

■最愛の妻リタとはスコットランド留学中に出会い結婚。リタは日本という異国の生活に必死に馴染み、夫を支え、息子・威を立派な後継者に育てた。「日本人よりも日本人だった」と誰もが証言している

■竹鶴政孝は昭和54年に世を去り、北海道の余市にリタとともに眠っている


参考文献:『私の履歴書』


関連サイト
竹鶴政孝語録 http://bit.ly/wqYqzk


竹鶴政孝(たけつる・まさたか)略歴
1894年~1979年(明治27年~昭和54年)ニッカウヰスキー創業者。広島県竹原市生まれ。大正5年、大阪高等工業卒。摂津酒造に入社後、英スコットランドでウイスキーづくり研究に従事。帰国後、寿屋(現・サントリー)に入社。昭和9年、北海道余市町で大日本果汁(現・ニッカウヰスキー)創業。84歳で没。
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竹鶴敬次郎

竹鶴本家11代友三が生後3ヵ月で母が、6ヵ月で父厚三郎が当時流行した「コレラ」
で相次ぎ早世したため、分家の更に分家の養子敬次郎(伊予西条市三芳.・杉家)
チョウ夫妻が後見人として、本家を守った。その間、政孝は本家で出生した。それゆえ生家は、竹鶴本家であるが、実家は300M離れた入江の対岸の塩田の一角に
あり、政孝は忠海中学校を卒業して、竹原を離れるまで実家で生活した。
父敬次郎は友三が一人前になるまで、自ら製塩業を営みながら本家の酒造業に従事したもので、敬次郎が経営者であったとは言い難い。
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