三井財閥創業家

三井財閥創業家(三井11家)



■三井一族の総領家は家祖である三井高利(1622年~1694年)の長男の高平が引き継ぎ、その当主は代々八郎右衞門を襲名していく。通称「北家」と呼ばれる

■家祖・高利には11男5女がいたが、そのうち男子が6家、女子2人が養子を迎えて2家、計8家(後に11家)を創設し、家憲を制定して同族体制を固め、その統括機関として大方元を置いた

■俗に三井11家と呼ばれるのは、総領家(北家)【高利の長男・高平の家系】を筆頭に
・伊皿子家
・新町家
・室町家
・南家
・小石川家
・松阪家
・永坂町家

そして明治になってからできた
・五丁目家
・本村町家
・一本松町家

の11家のことで、それぞれの居住地の町名にちなんで呼ばれた

■高利の死後、長男・高平は宝永7年(1710年)、三井全事業の統括機関「大元方」を設置する

■大元方は現代でいえば法人格のあるホールディングカンパニーに当たり、三井の資本・各店舗・事業を共有財産として統括する持株会社のような存在であった

■このような大元方を中心とした先進的な組織形態が、その後の幕府の貨幣大改鋳などによって起こった不況を切り抜けるのにも役立ち、明治維新後は三井傘下各社を統括した三井財閥の持株会社「三井合名会社」へと発展を遂げる

■栄華を誇った三井家も、敗戦後のGHQによる財閥会社解体と財閥家族追放によって泡沫(うたかた)の夢と帰してしまう。『三井家の人々』を記した伝記作家の小島直記によれば、戦後の変動にさらされる三井家の様子を「それはあたかも平家没落の悲哀にも似ていた」と記している


■三井財閥創業者(創始者)
三井高利(みつい・たかとし)
【1622年~1694年】江戸中期の豪商。三井グループの歴史の源となる三井家の家祖。三井財閥の基礎を作った人物。伊勢松阪に生まれる。伊勢松坂で金融業を営むが、商才を発揮して呉服屋、両替店を江戸、京都、大坂と広げ、「現金安売り、かけ値なし」の薄利多売で繁盛。幕府御用商人となり、後の三井財閥の基礎を築いた


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
三井高利語録http://goo.gl/xd9eFU
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