野間清治 子孫

野間清治(講談社創業者)家系図・家族・子供



父:野間好雄(北辰一刀流の剣豪森要蔵の高弟)
母:ふゆ(森要蔵の長女)

妻:野間左衛(講談社3代目社長)

長男:野間恒(講談社2代目社長)


■1938年 長男・恒が講談社2代目社長に就任するが、同年、病気で死去する。3代目社長に恒の母で清治の妻・左衛が就任する


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
野間清治語録http://bit.ly/11XPRIB


野間清治(のま・せいじ)略歴
【1878年~1938年】講談社創業者。元報知新聞社社長。「雑誌王」とよばれ、昭和時代前期の出版界を牽引した。群馬県山田郡新宿村(現・桐生市)生まれ。東大臨時教員養成所を卒業。沖縄県立中学校教諭になる。1909年、大日本雄弁会、次いで講談社を設立。雑誌『雄弁』『講談倶楽部』を発行。その後 雑誌『キング』をはじめ『幼年倶楽部』『少年倶楽部』『少女倶楽部』などの9種類の雑誌を刊行し当時の雑誌の大部分を独占する。また出版部を設置し大衆文芸書籍や教育関係書籍を出版した。その出版事業は『講談社文化』と呼ばれ、日本における活字による大衆文化の形成に大きく貢献した


野間左衛(のま・さえ)略歴
【1883年~1955年】日本の経営者。株式会社講談社3代目社長。1883年9月16日、徳島県に生まれる。旧姓は服部。徳島師範学校卒業後、地元の徳島県で小学校教員(訓導)となる。1907年、野間清治と結婚して上京。大日本雄弁会(現・講談社)の創立にあたり、夫の清治を助け「創業の母」と呼ばれた。1938年 長男で講談社2代目社長の恒が急逝したため、3代目社長に就任する
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