早矢仕有的 子孫

早矢仕有的(丸善創業者)家系図・家族・子供



実父:山田柳長(岩村藩医師)
養父:早矢仕才兵衛(岩村藩の名主)
妻:なを(深川伊勢崎町(現・江東区清澄)の旗本・諏訪新吉郎の妹)


■美濃国武儀郡笹賀村(現岐阜県山県市)に岩村藩医師・山田柳長の子として生まれ、同村の名主早矢仕才兵衛の養子となった

■横浜正金銀行のみならず、日本最初の生命保険会社である明治生命保険会社設立にも関与している

■またハヤシライスの考案者ともいわれる

■64歳で生涯を閉じる


※参考文献『日本を再興した企業家物語』(著者:加来耕三)


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
早矢仕有的語録http://goo.gl/D2Ej4v


早矢仕有的(はやし・ゆうてき)略歴
【1837年~1901年】明治期の実業家、医師、教育者。丸善の創業者。現・岐阜県山県市に岩村藩医師・山田柳長の子として生まれる。医学を習得し開業医になるが、後に福沢諭吉に師事し実業家に転身。横浜に書店丸屋を開業。東京日本橋に丸屋善七を開店し、はじめて洋書を輸入。洋品販売や出版の事業も展開した。丸善商社(のちの丸善)とし社長に就任
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