品川弥二郎 子孫

品川弥二郎(長州藩士)家系図・家族・子孫



父:品川弥市右衛門(長州藩の足軽)
妻:
子供:


■15歳で松下村塾に入門。刻苦勉励し、吉田松陰から「情け有る人」と評価されてかわいがられる

■松陰死後は尊王攘夷に傾倒し、倒幕派の志士として活躍。薩長同盟において藩を陰で支えた

■新政府では要職を歴任。第一次松方内閣では内務大臣を務める

■維新で亡くなった志士たちを顕彰するため、京都に尊攘堂を建立して京都帝国大学に寄贈する

■品川の死後、山口県下関市の功山寺にも建立されている

■獨逸学協会学校(現:獨協学園)や旧制京華中学校(現:京華学園)を創立し、また信用組合や産業組合の設立にも貢献している


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
人物別名言集http://meigennooukoku.net/


品川弥二郎(しながわ・やじろう)略歴
【1843年~1900年】長州藩士、政治家。山口県生まれ。吉田松陰の松下村塾に入門、尊王攘夷運動に挺身する。外務省書記官・特命全権公使としてドイツに駐在し、帰国後、宮中顧問官・枢密顧問官・松方内閣の内相等を歴任する。晩年には京都に隠遁。1900年、肺炎のため死去
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