阿南惟幾 子孫

阿南惟幾(陸軍大将)家系図・家族・子孫



父:阿南尚(内務官吏。大分県竹田市玉来出身)
妻:綾子(竹下平作陸軍中将の娘)

子供
長男:早世
次男:惟晟(陸軍少尉、1943年戦死)
三男:惟敬(防衛大学校教授を務めた)
四男:惟正(新日本製鐵副社長、靖国神社氏子総代を歴任)
五男:惟道(野間家へ養子に、講談社社長を務める)
六男:惟茂(駐中国大使を務める)
娘:聡子(大國昌彦王子製紙社長の妻)


■太平洋戦争末期に降伏への賛否を巡り混乱する政府において、戦争継続を主張したが、聖断によるポツダム宣言受諾が決定され、8月15日に自害して果てた

■自宅:東京の三鷹


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
阿南惟幾語録http://goo.gl/Xidr4A


阿南惟幾(あなみ・これちか)略歴
【1887年~1945年】日本の帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。第二次世界大戦終戦時の陸軍大臣。大分県竹田市玉来出身であった父の阿南尚は内務官吏として転勤を繰り返したため、幼少時は東京、大分の竹田、徳島などを転々としながら育った。本籍は竹田市に置かれている。広島陸軍地方幼年学校卒業後、陸軍士官学校を経て陸軍歩兵少尉に任官。歩兵中尉、歩兵大尉を経て陸軍大学卒業。陸大の入学試験には3度失敗しており、卒業の席次も60人中18番と目立つものではなかった。その後、参謀本部に勤務し、陸軍大将まで昇進した。ポツダム宣言受諾直前に自刃し他界

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