保科正之 子孫

保科正之(会津藩初代藩主)家系図・家族・子孫



父親:徳川秀忠(江戸幕府の第2代征夷大将軍)
母親:浄光院(徳川秀忠の愛人)
養父:保科正光(信濃高遠藩の初代藩主)
養母:見性院

正室:内藤政長の娘・菊姫(1619年 ~1637年)
長男:幸松(1634年 ~1638年)夭折

継室:藤木弘之の娘・於万(1620年~1691年)かつては正之の異母姉・東福門院に仕えていた

次男:保科正頼(1640年 ~1657年)
長女:媛姫(1641年 ~1658年) 上杉綱勝正室
次女:中姫(1643年 ~1649年) 夭折
三男:将監(1645年) 夭折
四男:保科正経(1646年~1681年)
五女:石姫(1648年 ~1667年) - 稲葉正往正室
六女:風姫(1649年 ~1651年) - 夭折
七女:亀姫(1650年 ~1651年) - 夭折
五男:保科正純(1652年~1671年)

側室:牛田氏(1623年 ~1651年)
三女:菊姫(1645年~1647年) - 夭折
四女:摩須(1648年 ~1666年) - 前田綱紀正室

沢井氏
八女:金姫(1658年 ~1659年) - 夭折

側室:沖氏(1645年 ~1720年)
六男:松平正容(1669年 ~1731年)
九女:算姫(1673年) - 正之の死後に誕生、夭折


関連サイト
トップページhttp://bit.ly/1hFgCsj
保科正之語録http://bit.ly/13dD4Pr


保科正之(ほしな・まさゆき)略歴
【慶長16年(1611年)~寛文12年(1672年)】江戸時代初期の大名。第2代将軍徳川秀忠の4男(庶子)として生まれる。信濃高遠藩主、出羽山形藩主を経て、陸奥会津藩初代藩主。江戸幕府第3代将軍徳川家光の異母弟で、家光と4代将軍家綱を輔佐し、幕閣に重きをなした。正之は熱烈な朱子学の徒であり、それに基づく政治を行った
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