河井継之助 子孫

河井継之助(越後長岡藩士)家系図・家族・子供



父:河井秋紀(長岡城下の長町で代右衛門。120石取りの中級武士)
母:貞

妻:すが(梛野嘉兵衛の妹)

継之助の姉のひ孫:根岸千代子(アメリカ在住)


■河井家の先祖は、近江膳所藩本多氏の家臣だったという説と、蒲原郡河井村出身の地侍という2つの説がある

■明治維新後、長岡の復興に尽力した米百俵で知られる小林虎三郎は親類である

■さほど背は高くなかったが鳶色の鋭い目を持ち、声がよかったという

■継之助は青年時代から主に日本・中国(宋・明時代)の儒学者・哲学者の語録や明・清時代の奏議書の類の本をよく写本した

■主君は牧野忠雅→牧野忠恭→牧野忠訓


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
河井継之助語録http://p.tl/hv5R


河井継之助(かわい・つぐのすけ)略歴
【1827年~1868年】幕末の越後長岡藩士。120石取りの中級武士の家に生まれる。開明思想の持ち主で、藩主牧野忠恭(ただゆき)に取りたてられ、郡奉行、町奉行にとりたてられ藩政改革をおこなう。家老職に就任してからは富国強兵策を実施。執政、軍事総督になる。戊辰戦争においては藩論を局外中立に統一。官軍に中立の嘆願書を提出するも拒否され、奥羽越列藩同盟に参加。北越の地で官軍と死闘を繰り広げる。河井の負傷により、長岡軍は敗走。会津へ退却中、会津領只見にて死去。41歳で没
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