金子重之輔 子孫

金子重之輔(長州藩士)家系図・家族・子供



父:茂左衛門(染物屋)
母:つる


■天保2年(1831年)に染物屋の長男として生まれ、足軽の金子家の養子になる

■吉田松陰の最初の弟子として知られる

■ペリー来航を受けて松陰が米国に密航しようとした下田踏海事件では自ら進んで米国行きを希望。従者として松陰を手助けしたが、失敗。松陰と共に自首する。安政2年(1855年)に岩倉獄にて獄死する

■名は貞吉。別称に卯之助、直三郎、重輔。渋木松太郎、市木公太という変名を用いた

■墓所は山口県萩市北古萩町の保福寺。享年24。 金子重之輔は、吉田松陰誕生地にある松陰の銅像のそばで松陰を見上げる姿で残っている


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金子重之輔(かねこ・しげのすけ)略歴・経歴(プロフィール)
【1831年~1855年】幕末の長州藩士。江戸に出て長州藩邸の雑役となる。学問を志して蒼龍軒塾に通い諸藩の志士と交わっていた際、同郷の松陰を紹介され、松陰初の弟子となった。ペリー来航を受けて松陰が米国に密航しようとした下田踏海事件では自ら進んで米国行きを希望。従者として松陰を手助けしたが、失敗。松陰と共に自首する。安政2年(1855年)に岩倉獄にて獄死する
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