山鹿素行 子孫

山鹿素行(山鹿流兵法の祖)家系図・家族・子供


父:山鹿貞以(陸奥国会津(福島県会津若松市)の浪人)
娘が2人いた
娘:三次・浅野家の臣から津軽信政に仕した山鹿高恒
娘:のちに津軽藩家老になる門人、津軽政広に嫁した

子孫:山鹿素水(そすい)


■朱子学を批判したことから播磨国赤穂藩へお預けの身となり、そこで赤穂藩士の教育を行う。赤穂藩国家老の大石良雄も門弟の一人であり、良雄が活躍した元禄赤穂事件以後、山鹿流には「実戦的な軍学」という評判が立つことになった

■子孫の山鹿素水は兵学を吉田松陰に教えたことで知られる

■山鹿素行は貞享2年(1685年)死去。墓所は東京都新宿区弁天町1番地の曹洞宗宗参寺にある


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
人物別名言集http://meigennooukoku.net/


山鹿素行(やまが・そこう)略歴
【1622年(元和8年)~ 1685年(貞享2年)】江戸時代前期の日本の儒学者、軍学者。山鹿流兵法及び古学派の祖である。陸奥国会津(現・福島県会津若松市)生まれ
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