井上馨 子孫

井上馨(長州藩士)家系図・家族・末裔



父:井上光亨(長州藩士。大組・100石)
母:不明
兄:五郎三郎
姉:常子

前妻:志道慎平の次女。イギリス密航を機に離縁
後妻:武子(新田俊純の娘で中井弘 ・薩摩藩士・外交官・政治家の前妻)

子供
娘:志道芳子(前妻との間に誕生。離縁の際、志道氏へ引き取られる)
養嗣子:井上勝之助(甥、五郎三郎の次男、外交官)
娘:井上千代子(養嗣子・勝之助の養女)
娘:藤田聞子(藤田四郎の妻)
養女:井上末子(小沢正路の娘、勝之助の妻)
養女:山田龍子(湯田温泉の瓦屋・鹿島屋喜右衛門の娘、山田顕義の妻)
養女:都筑光子(都筑馨六の妻)
養女:桂可那子(名古屋の料亭・木村常次郎の養女、桂太郎の3番目の妻)


養孫:井上三郎(桂太郎の三男、陸軍少将、貴族院議員)
孫:井上光貞(東大名誉教授、日本古代史研究者)

甥:伊藤博邦(兄・五郎三郎の四男、伊藤博文の養嗣子)
大甥:鮎川義介(日産コンツェルン創始者)


■長州藩士。通称、井上聞多(いのうえ・もんた)。志士時代は、高杉晋作や久坂玄瑞らと、攘夷運動として過激な行動をとる。代表的な活動はイギリス公使館焼き討ち

■維新後は、蔵相や外相を務め、鹿鳴館を建てて欧化政策を推し進めるなど政府の要職を歴任した

■大正4年(1915年)死去。享年81


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
人物別名言集http://meigennooukoku.net/


井上馨(いのうえ・かおる)略歴
【1836年~1915年】長州藩士、政治家、実業家。太政官制時代に外務卿、参議など。黒田内閣で農商務大臣を務め、第2次伊藤内閣では内務大臣など、数々の要職を歴任した
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