山県有朋 子孫

山県有朋(内閣総理大臣3・9代)家系図・家族・子供



父:山縣有稔(ありとし)、長州藩の蔵元中間
母:松子(中間・岡治助の娘)
姉:寿子

妻:友子(山口県湯玉の庄屋の娘)
妻没後、妾の元芸妓・貞子を夫人としたが、正式には未入籍

子供:友子との間に7人の子を設けたが、女児一人を除いて夭折した
娘:松子(船越光之丞と結婚。三男・有光を伊三郎の養子に)

養子:伊三郎(姉・寿子の子。枢密顧問官・逓信大臣・徳島県知事を歴任)

孫:有光(伊三郎の養子。山縣家分家として男爵を授爵される。陸軍大佐)
孫:山縣有道(伊三郎の子。宮中に仕え侍従・式部官を務めた)
ひ孫:山縣有信(有道の子。栃木県矢板市長を務めた)


■足軽以下の中間身分ながら将来は槍術で身を立てようとして少年時代から槍の稽古に励んでいた

■久坂玄瑞に出会い、彼の勧めで松下村塾に入門した


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
山県有朋語録http://bit.ly/z5FzPo


山県有朋(やまがた・ありとも)略歴
【1838年~1922年】第3・9代内閣総理大臣。政治家、陸軍の父。現・山口県萩市出身、父は萩藩士。松下村塾に学ぶ。奇兵隊の軍監として活躍。戊辰戦争に従軍。兵部小輔、兵部大輔、陸軍大輔を経て明治6年、陸軍卿に就任。徴兵令の制定を推進。軍制の確立に尽くす。参謀本部長、内務卿、内相などを歴任。明治22年、第1次山県内閣を組織。司法相、陸相、枢密院議長、日清戦争時の第1軍司令官などを歴任。明治31年、第2次山県内閣を組織。日露戦争時は参謀総長として作戦指揮にあたる。元老として「山県閥」と呼ばれる官僚、軍人の一大勢力を形成し、政界への影響力を行使した。83歳で没
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