吉田松陰 子孫

吉田松陰(教育者)家系図・家族・子孫



叔父:玉木文之進(長州藩士。山鹿流の兵学者。松下村塾の創立者)
父:杉常道(江戸時代後期から末期(幕末)の長州藩士。通称は百合之助)
養父:吉田大助(山鹿流兵学師範で叔父にあたる)
母:滝(1807-1890)
兄:梅太郎(民治)(1828-1910)
妹:芳子(千代)(1832-1924) - 児玉祐之の妻
妹:寿(1839-1881) - 小田村伊之助(楫取素彦)の妻
妹:艶(1841-1843) - 早世
妹:美和子(文)(1843-1921) - 久坂玄瑞の妻、後に楫取素彦後妻
弟:敏三郎(1845-1876)
大甥:杉道助(実業家。第16代大阪商工会議所会頭、ジェトロ理事長)


■松陰は文政13年(1830年)8月4日、萩城下松本村で長州藩士・杉百合之助と滝の次男として生まれる

■1834年、叔父で山鹿流兵学師範である吉田大助の養子となる

■吉田家は山鹿流兵学師範として毛利氏に仕え家禄は57石余の家柄であった

■1835年、大助の死とともに吉田家を継いだ

■兄の杉梅太郎(民治)の孫に第16代大阪商工会議所会頭、日本貿易振興機構(ジェトロ)理事長などを歴任する杉道助がいる


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
吉田松陰語録http://bit.ly/wJDF0W


吉田松陰(よしだ・しょういん)略歴
【1830年~1859年(文政13年~安政6年)】長州藩士、思想家、教育者、兵学者。萩城下松本村で長州藩士・杉百合之助の次男として生まれる。1854年、ペリー2度目の来航の際、長州藩足軽・金子重之助とともに密航計画を企てるも失敗、萩の野山獄に幽囚される。1855年、生家で預かりの身となるが、1857年、叔父の玉木文之進が開いていた私塾・松下村塾を引き受けて主宰者となり、高杉晋作をはじめ久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋、吉田稔麿、前原一誠など、維新の指導者となる人材を教え育てる。最期は江戸伝馬町の獄において斬首刑に処される。29歳で没
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