野中広務 家族

野中広務(第63代官房長官)家系図・家族・子供



父:更生保護司をしていた
母:厳しい人であった
弟:野中一二三(園部町長を歴任、社会福祉法人経営)

妻:島根県出身。竹下登元首相が教員時代に教えていた掛合中学の卒業生

長男:3歳の時に病気で死去
長女:元気に育った
次女:早産で亡くなる


■野中は部落の出身であることを著書『差別と日本人』で明かしている。大阪鉄道局に就職し異例の昇進をしていたが、周りから「部落の人のくせに」と陰口を叩かれ妬まれた。このことがきっかけとなり野中は郷里の京都に戻り、差別をなくすために政治家を志すことを決意したという

■町会議員になった、4年目の1955年に結婚。同僚で恋愛結婚であった


参考文献『差別と日本人』


関連サイト
トップページhttp://nihonnokakeizu.net/
野中広務語録http://bit.ly/Rd0KAF


野中広務(のなか・ひろむ)略歴
日本の政治家。1925年(大正14年)京都府生まれ。大阪鉄道局の職員を経て政治家に転身。京都府船井郡園部町長、京都府副知事、衆議院議員(7期)、自治大臣(第48代)、国家公安委員会委員長(第56代)、内閣官房長官(第63代)、沖縄開発庁長官(第38代)、自由民主党幹事長などを歴任した
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