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上田安子 家族

上田安子(デザイナー)家系・夫・子供


祖父:上田文斎(漢方医)

伯父:野々村藤助(洋雑貨商で名を馳せた)
叔父:青木恒三郎(出版社の青木嵩山堂を設立)
叔父:上田竹翁(写真研究家)

父:上田貞治郎(写真機店主、写真収集家、文人)
姉:上田百子
姪:光子(大丸社長の井狩彌治郎に嫁す)


■上田貞治郎の四女として大阪府泉北郡浜寺村で生まれる

■上田安子は日本のファッションデザイナーの中では草分け的な存在

■1976年「上田安子服飾専門学校」を設置

■1982年「上田学園」を設置

■1985年 文部大臣章受賞

■1987年 大阪市民文化功労表彰受賞

■山崎豊子の小説『女の勲章』の主人公のモデルとして知られる



略歴
■上田安子(うえだ・やすこ)
【1906年~1996年】日本のファッションデザイナー。上田学園の創業者。日本服飾芸術協会委員。関西女子学園学園長。1906年4月9日、大阪で生まれる。夕陽丘高女卒業

■上田安子服飾専門学校(うえだやすこふくしょくせんもんがっこう)は、学校法人上田学園が運営する大阪府大阪市北区にある専修学校である

宮家邦彦 家族

宮家邦彦(外交評論家)家系・子供


祖父:宋光彦(満州開拓団の団長)



妻:一般人
子供


■邦彦という名前は祖父の「光彦」の彦にあやかってつけられた

■大学の第2外国語を躊躇なく中国語に選択したことや、今なお中国が気になるのは、祖父のDNAも理由の一つかもしれないと語っている

■満州開拓団の歴史ドラマ、『開拓者たち』が、2012年1月にNHK BSプレミアムで放送された

■著書の『語られざる中国の結末』(2013年)が売れている


※参考文献
『哀しき半島国家 韓国の結末』(PHP研究所)著者:宮家邦彦


略歴
■宮家邦彦(みやけ・くにひこ)
日本の外交評論家。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、株式会社外交政策研究所代表。1953年10月12日生まれ。神奈川県出身。東京大学法学部を卒業して外務省入省。外務大臣秘書官。在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官。外務省北米局日米安全保障条約課長。2005年、外務省及び内閣官房を退官。2009年、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安全保障)に就任

大岡信 家族

大岡信(詩人)家系・子供


父:大岡博(歌人)

妻:深瀬サキ(劇作家)

長男:大岡玲(芥川賞作家。イタリア文学者)
長女:大岡亜紀(詩人、画家)


■大岡の詩は英語、フランス語、中国語、オランダ語、スペイン語、ドイツ語、マケドニア語に訳されている

■2017年4月5日、呼吸不全のため86歳で死去

■大岡信語録
「近代短歌は生死存亡の危機というのを今までに何回か迎えたと思います。で、大正時代の半ばごろからあとの10年、10数年というのは非常に乗り切るのが難しい、つらい時期だったんだろうという気がします」
出典『詩歌歴遊 大岡信対談集』(文藝春秋)

■大岡信語録他
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4265.html


略歴
■大岡信(おおおか・まこと)
【1931年~2017年】日本の詩人、評論家。現代日本を代表する詩人で、古今東西の詩を論じた著作でも親しまれた。東京芸術大学名誉教授。一ツ橋綜合財団理事。日本ペンクラブ会長。1989年、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ。2003年、文化勲章。2004年、フランス政府よりレジオンドヌール勲章オフィシエ。1931年2月16日、 静岡県の現三島市で生まれた。東京大学文学部国文科卒業

金栗四三 子孫

金栗四三(マラソンの父)家族・子供


実父:信彦(造り酒屋)
実母:シエ
養父:池辺(親類)

実兄:実次(さねつぐ)
実兄:又作(またさく)

妻:春野スヤ(近くの村の医者の娘)

子供:6人

ひ孫:蔵土義明(熊本市出身)


■1891年8月20日、熊本県の玉名郡春富村(現和水町)の造り酒屋の家に男4人、女4人の8人兄弟姉妹の7番目の子として生まれる

■父親の信彦が43歳の時に生まれたので四三(しそう)と名付けられた

■父親を早くに亡くしたので兄の実次(さねつぐ)が父親がわりとなって四三を育てた

■夫に先立たれた池辺夫人が四三を養子に欲しいと懇願したため、池辺の養子となったが苗字は金栗のままで通した

■金栗四三(かなくり・しそう)は「日本マラソンの父」「日本人初の五輪選手」「箱根駅伝の発案者」として知られる

■金栗の功績を記念して富士登山駅伝及び東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)に「金栗四三杯」が創設されている

■金栗四三は2019年のNHK大河ドラマ、「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」の主人公である


※参考文献
『マラソンの父・金栗四三 走ったぞ!地球25万キロ」
『箱根駅伝に賭けた夢』


関連サイト
金栗四三語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4268.html


略歴
■金栗四三(かなくり・しそう)
【1891年~1983年】日本のマラソン選手。日本における「マラソンの父」と称される。マラソン足袋で当時の世界記録を出し、短距離の三島弥彦と共に日本人初のオリンピック選手となった。師範学校教師、熊本県初代教育委員長を歴任。熊本県玉名郡春富村出身

大橋洋治 家族

大橋洋治 家系・子供
(ANAホールディングス11代社長)



父:太郎(岡山県出身)
母:文子(大阪出身)

姉:則子(早逝)
兄:轍太郎(早逝)

妻:清子(福島県白河出身)

長男:洋平
長女:ふみ

遠戚:土光文夫(土光敏夫の甥)


■父親は岡山県出身で、長崎高商を出ると、ブリヂストン創業者の石橋正二郎の下で秘書のような仕事をする。その指導の下、中国・大連に渡り、貿易商として様々な経験を積む。その後、自ら事業を起こした。2年間におよぶシベリア抑留生活から帰還。地元の銀行で働く。柔道の黒帯4段

■父親は岡山県出身で、長崎高商を出ると、ブリヂストン創業者の石橋正二郎の下で秘書のような仕事をする。その指導の下、中国・大連に渡り、貿易商として様々な経験を積む。その後、自ら事業を起こした

■大橋は病弱で身体の弱い子供だったという

■この頃、中国全土には約100万人の日本人がいて、約2割が大連にいたと言われる

■1945年8月9日未明、旧ソ連が満州に軍事侵攻を開始したことで、幼い大橋は母親に連れられ、着の身着のままで約2ヶ月半、各地を野宿しながらハルビンに逃亡したという

■大橋は病弱な上、逃亡生活による栄養失調も重なり、歩くのもやっとの状態が続いた。いつソ連兵に殺されてもおかしくない日々を過ごした

■妻の清子は慶應義塾大学医学部付属厚生女子学院(現看護医療学部)を卒業し、特病棟を担当した

■長男の洋平の名前は自分の「洋」と尊敬する岡崎嘉平太(全日空2代目社長)の「平」からとった


※参考文献『日経新聞(私の履歴書)』


関連サイト
大橋洋治語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4263.html


略歴
■大橋洋治(おおはし・ようじ)
日本の経営者。ANAホールディングス株式会社11代目社長。2012年4月 旭日大綬章受章。1940年1月21日、中華人民共和国東北部の佳木斯(ジャムス)で生まれる。岡山県高梁市出身。慶應義塾大学法学部卒業
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