山崎種二 子孫

山崎種二(山種証券創業者)家系・子供


先祖:武士(前田家分家に仕えた)

祖父:兵衛(生糸相場をした)

父:山崎宇太郎(小百姓)
妻:ふう(お嬢様だった)

次男:山崎富治(山種証券社長を歴任)
三男:山崎誠三

孫:山崎元裕(ヤマタネ社長を歴任)
孫:山崎妙子(山種美術館館長)


■先祖はれっきとした武士で、七日市にあった上州を治める加賀前田家の分家に代々仕えていた。何代目かの時に、武士を嫌って百姓になった

■山崎種二は現在の群馬県高崎市で生まれた。相場好きは祖父から受けついだものだという

■次男の山崎富治は「報告」「連絡」「相談」を重視する「ほうれんそう(報・連・相)経営」を提唱したことで知られた。著書『ほうれんそうが会社を強くする』はベストセラーとなった

■孫の山崎元裕の妻はトヨタ自動車株式会社社長を歴任した豊田達郎の娘


※参考文献『そろばん』(山崎種二)


略歴
■山崎種二(やまざき・たねじ)
【1893年~1983年】日本の相場師・実業家・教育家。山種証券株式会社(現SMBCフレンド証券株式会社)、株式会社ヤマタネの創業者。1952年、東京穀物商品取引所の初代理事。1966年、山種美術館を設立。1974年、勲三等旭日中綬章。群馬県高崎市(旧吉井町)に生まれる
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松永真理 家族

松永真理(編集者)家系・夫・子供


祖父:松永貞市(海軍中将)
祖父:銃砲火薬店を経営

父:松永市郎(地元の親和銀行に勤務)
母:富子(祖父の銃砲火薬店を手伝った)

姉:美登里(4学年上)
姉:千恵子(2学年上)


■1954年11月13日、長崎県佐世保市に三人姉妹の末っ子として生まれる

■祖父の貞市は海軍中将で、太平洋戦争開戦直後のマレー沖海戦で、航空隊指揮官を務めた。英国の戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」を沈め、当時の日本を沸かせた

■父の市郎は海軍中尉を退いた後、銀行勤めのかたわら、海軍関連の機関誌にエッセイを書いた。その後、著書「思い出のネイビーブルー」を出版。序文は作家の阿川弘之が書いた

■母親の富子は社交的で、料理、洋裁、陶芸をこなし、お茶、お花、書道を教えた

■特に母の影響を受け、何事も楽しみながら前へ進もうとする精神は、母から受け継いだという

■姉2人は成績優秀であったが、松永は「5」は音楽と体育ぐらいだったという

■長崎県立佐世保北高等学校に進学するが、3年先輩に作家の村上龍がいた


※参考文献
『読売新聞(時代の証言者)』


略歴
■松永真理(まつなが・まり)
日本の雑誌編集者、著作家。「iモード」の名づけ親。1954年11月13日生まれ。長崎県佐世保市出身。明治大学文学部仏文科卒業。リクルート入社。就職ジャーナル編集長。とらばーゆ編集長。NTTドコモ入社。ゲートウェイビジネス部企画室長となり、iモードの企画開発にあたる。2002年6月バンダイ社外取締役就任

柳田邦男 家族

柳田邦男(評論家)家族


実父:柳田が少年の頃に亡くなる
義父:日展画家

妻:伊勢英子(絵本作家)

次男:自殺
娘:石井麻木(カメラマン)


■1995年、精神を病んだ次男が自殺する体験を綴った『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日』を発表し、文藝春秋読者賞、第43回菊池寛賞を受賞する

■50代半ば過ぎて次男を喪ってから、懐かしさもあって書店の絵本コーナーに佇んだのをきっかけに、絵本を見るようになったという

■絵本の言葉は、簡単でありふれたもののようでありながら、絵の味わいとのハーモニーによって、俄然強く深く響きを持って心を揺さぶってくるという

■妻の伊勢英子は1994年 「グレイがまっているから」で産経児童出版文化賞。2007年 「ルリユールおじさん」で講談社出版文化賞絵本賞


※参考文献
『言葉の力、生きる力』(新潮社)
著者:柳田邦男


関連サイト
柳田邦男語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4248.html


略歴
■柳田邦男(やなぎだ・くにお)
日本のノンフィクション作家、評論家。航空機事故、医療事故、災害、戦争などのドキュメントや評論を数多く執筆している。1936年6月9日、栃木県で生まれる。東京大学経済学部卒業

金田一京助 子孫

金田一京助(言語学者)家族・子供


曽祖父:伊兵衛勝澄(米穀商で財を成す)

父:金田一久米之助
母:ヤス

妻:金田一静子

長男:金田一春彦(言語学者)


・金田一真澄(ロシア語学者)
・金田一秀穂(言語学者)
・金田一美奈子(ゴルフライター)


■1882年5月5日、盛岡市四ツ家町に金田一久米之助・ヤス夫妻の十一人兄弟の長男として誕生

■父親の久米之助は子供たちに寝かしつける時、『源平盛衰記』『平家物語』を語って聞かせた

■長男の春彦は日本語の方言におけるアクセント研究でよく知られる、言語学者、国語学者。国語辞典などの編纂をした

■孫の秀穂も言語学者。専門は日本語教育・言語行動・意味論。政策研究大学院大学客員教授。杏林大学外国語学部教授。テレビ出演も多い。大学卒業後は、3年間ほどパチンコなどをしてニート生活を送っている



略歴
■金田一京助(きんだいち きょうすけ)
【1882年~1971年】日本を代表する言語学者。民族学者。日本のアイヌ語研究の本格的創始者として知られる。東京帝国大学教授。國學院大學名誉教授。盛岡市四ツ家町で生まれた

夏木マリ 家族

夏木マリ(女優)家系


曽祖父:中島啓次郎(中島鉄工所を経営)
曽祖父:松本松次郎(栃木で松本時計店を経営)
曽祖母:佐々木るん(八丈島出身)

祖父:中島春二郎(一興電線の重役)
祖母:松本ウヨ
祖母:佐々木とよ

父:中島勇(貿易商・茶谷産業の取締役)
母:石川和子

夫:斉藤ノヴ(音楽プロデューサー)


■曽祖父の啓次郎は岡山の津山で名士だった

■2007年、パーカッショニストの斎藤ノヴと交際中であると発表。2011年に斎藤と入籍

■2016年、華原朋美、土屋アンナ、シシド・カフカ、LiLiCoと女性コーラスユニット「アンド・ローゼス」を結成

■旅行が好きで、2016年にH.I.S.ヨーロッパ親善大使に就任


※参考文献
NHKファミリーヒストリー(2017年2月9日放送)


略歴
■夏木マリ(なつき・まり)
日本の女優、歌手。1952年5月2日、東京都豊島区で生まれる。19歳の時に本名の中島淳子名義で「小さな恋」にて歌手デビュー。1973年に夏木マリ名義で「絹の靴下」を発表。曲は大ヒットした。1995年、小西康陽からのアプローチを受けミニアルバム『九月のマリ-』を発表。出演映画:『ピンポン』『里見八犬伝』『鬼龍院花子の生涯』『こちら葛飾区亀有公園前派出所』『男はつらいよシリーズ』など。出演テレビドラマ:『野ブタ。をプロデュース』『Gメン'75』『カーネーション』など

肥沼信次 家族

肥沼信次(偉人医)家系・妻・子供


叔父:松井寅三郎(八王子医師会会長)
父:肥沼梅三郎(外科医)
母:ハツ(造り酒屋の娘)
弟:肥沼栄治


■1908年10月9日、肥沼信次(こえぬま・のぶつぐ)は、東京の八王子で7人兄弟の長男として生まれる

■父親の肥沼梅三郎は東京の八王子市中町で「肥沼医院」を開業。往診、往察など地域住民に医療で貢献した

■肥沼はドイツにいた時に、シュナイダー夫人と一緒に同じ家に住んだ。シュナイダー夫人は軍人である夫を戦争で亡くし、5歳の娘(クリステル)を育てていた。同棲していたのか、単に同居していただけなのかは不明

■第2次世界大戦後、ドイツ占領ソ連軍が創設したドイツのリーツェンの伝染病医療センター初代所長となり、チフス・コレラなどの疾病対策に力を尽くした

■当時の看護婦の一人は肥沼のことを「厳しい寒さの中で肥沼先生は医療活動だけでなく、隣村や難民収容所まで往診し、そして薬まで求めて、ほとんど不眠不休で患者のために尽くした」と証言している

■1946年3月8日、自身もチフスに罹患し、リーツェンの自宅で、シュナイダー夫人、家政婦エンゲル、病院の看護婦らに看取られながら、37歳で死去した

■肥沼は自分の命と引き換えに多くのドイツ人の命を救った

■1993年、リーツェン市役所の入口に肥沼信次の記念プレートが飾られた。記念プレートには「肥沼信次はこの建物で自ら悪疫に感染し、倒れるまで多くのチフス患者の生命を救った」と刻まれている


※参考文献
『大戦秘史・リーツェンの桜』舘沢貢次(著)


関連サイト
肥沼信次(偉人医)語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4238.html


略歴
■肥沼信次(こえぬま・のぶつぐ)
【1908年~1946年】日本の医学者。第二次世界大戦後のドイツで医療活動に尽力した。1908年10月9日、東京の八王子で生まれる。日本医科大学から東京帝国大学放射線研究室へと進む。ベルリン大学医学部で東洋人として初の教授資格を取得

松方弘樹 家族

松方弘樹(俳優)家系


先祖:

祖父:目黒多七
祖父:角西清太郎(武山)象牙職人
祖母:ミカ(髪結いをした)

父:近衛十四郎(時代劇俳優)
母:水川八重子(女優)
弟:目黒祐樹(俳優。血液型はA型)

元妻:夏子(モデル)離婚
元妻:仁科亜季子 (1979年-1998年)離婚

愛  人:千葉マリア(歌手)
内縁の妻:山本万里子(女優)

長男:目黒大樹(俳優。1973年生まれ)
次男:仁科克基(タレント。1982年生まれ)
長女:なえ
次女:なち
三女:仁科仁美(タレント、モデル)

息子:十枝真沙史(母親は千葉マリア)


■父の近衛十四郎(本名は目黒寅一)は新潟県長岡市西新町で生まれた。子供の頃からチャンバラが上手く、セリフも上手かった。チャンバラ映画も良く見た。10代の時に鉄道関係の会社に就職。20歳で主演デビュー

■母親の水川八重子(本名は角西ヤイ)は象牙職人の家に生まれる。胃がんのため58歳で死去

■最期は、内縁の妻の山本万里子が松方を看取った


※参考文献
NHKファミリーヒストリー(2017年2月2日放送)



略歴
■松方弘樹(まつかた・ひろき)
【1942年~2017年】昭和を代表する俳優。映画監督、映画プロデューサー。本名は目黒浩樹(めぐろ・こうじゅ)。出演映画『仁義なき戦いシリーズ』『柳生一族の陰謀』『徳川一族の崩壊』など。バラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』。身長173cm。血液型A型。趣味は釣り。酒豪で最高記録はウィスキー5本に日本酒1升。1942年7月23日生まれ。東京市王子区(現在の東京都北区)出身
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