カルロス・ゴーン 家族

カルロス・ゴーン(日産自動車CEO)家系・子供


祖父:ビシャラ・ゴーン(レバノンで生まれる。13歳でブラジルに移住。輸送業を手掛ける会社を興した)
父親:ジョージ・ゴーン(レバノン系ブラジル人。父の輸送業の会社を引き継ぐ)
母親:ローズ(ナイジェリア生まれのレバノン人。流暢なフランス語を話す)


妻:リタ・ゴーン(1965年、レバノン、ベイルート生まれ)

長女:キャロライン
二女:ナディーン
三女:マヤ
男長:アンソニー・ゴーン


■カルロス・ゴーンは1954年3月9日、ブラジルのポルトベーリョ(アマゾン川の流域)で誕生

■1985年9月28日、ブラジルのリオ・ジャネイロの教会でリタと結婚

■妻のリタが日本に住んで感動したことが、日本人の勤勉と礼儀正しさだという。ホテルのドアマン、タクシーの運転手、デパートの店員から郵便局員まで、どんな仕事に関しても、日本人ほど自分の仕事を大切にする国民はないという。一人ひとりが真心をこめて働いていることを絶賛している

■妻のリタの魅力は正直なところだという。そして、彼女はみんなの問題や悩みごとの答えを見出し、人を魅了する能力があるという


参考文献
『ゴーン家の家訓(著者:リタ・ゴーン)』(集英社)
『日本経済新聞(私の履歴書)』


関連サイト
カルロス・ゴーン語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4212.html


カルロス・ゴーン略歴
フランスの自動車会社ルノーの取締役会長兼CEO。日産自動車の会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)、三菱自動車会長兼最高経営責任者。1954年3月9日、ブラジルで生まれる
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根津甚八 家族

根津甚八(俳優)家系・夫人・子供


父:歯科医師
兄:歯科医師
妻:仁香(15歳年下のアクセサリープロデューサー)

息子:甲斐太(医師を志す)


■ニヒルな演技で人気を得た

■1978年、大河ドラマ「黄金の日日」で脚光を浴び、1982年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞

■黒澤明監督作品に主要な役で出演して人気を獲得した

■2016年12月29日、東京都内の病院で肺炎のため69歳で死去



根津甚八(ねづ・ じんぱち)略歴
【1947年~2016年】日本の俳優で演出家、脚本家。本名は根津 透(ねづ・ とおる)。身長172cm。血液型B型。1947年12月1日生まれ。 山梨県都留市出身。日本大学第三高等学校卒業、獨協大学外国語学部フランス語学科中退。1969年、唐十郎が主宰する状況劇場に入団。1978年、『黄金の日日』に石川五右衛門役で出演して注目される。映画:『さらば愛しき大地』『乱』『影武者』『タスマニア物語』『ルビーフルーツ』など。TVドラマ:『黄金の日日』『男たちの旅路』『田原坂』『誇りの報酬』『ほんまもん』など

高橋亀吉 子孫

高橋亀吉(経済評論家)家族・子供


伯父:森次(北鮮城津で働いた)
父親:高橋源蔵(船大工の棟梁で、和船の小船業を営んだ)

前妻:篠子(眼科医・武藤一明の次女。昭和6年、4人の子供を残し急死する)
後妻:万里子(篠子の妹。2人の子供を授かる)

子共:6人(娘5人、息子1人)


■1891年(明治24年)1月27日、山口県の現在の周南市に、船大工の息子として生まれた

■亀吉は生まれて間もなく、左足に障害を起こしていることが分かり、以来、生涯を障害者として過ごした

■もし、左足が不自由でなければ父親の家業(和船造り)を継いだ公算が非常に高く、経済評論家になることはなかったと語っている

■前妻の篠子が4人の子供を残し急死する。篠子の妹の万里子は、残された4人の子供らを生前、可愛がっており、子供に懐かれていたこともあり亀吉と結婚する

■万里子との間には2人の子供を授かった


※参考文献『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)


関連サイト
高橋亀吉語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4209.html


高橋亀吉(たかはし・かめきち)略歴
【1891年~1977年】日本の経済評論家・経済史研究者。民間エコノミストの草分け的存在。叩き上げの経済評論家で、独学で研究をした。新平価解禁派。文化功労者。著書『日本資本主義発達史』『私の実践経済学』『昭和金融恐慌史』など

北条泰時 子孫

北条泰時(鎌倉幕府第3代執権)家族・末裔・子供


父:北条義時(鎌倉幕府の第2代執権。源頼朝の正室・北条政子の弟)
母:阿波局


正室:矢部禅尼(三浦義村の娘)
継室:安保実員の娘、他

子共
・北条時氏(早世)
・北条時実(鎌倉幕府の4代執権、経時の父)
・北条公義
・娘(三浦泰村室)
・娘(足利義氏室)
・娘(北条朝直室)、他

孫:北条経時(鎌倉幕府の4代執権)

曾孫:隆政(鎌倉時代中期の僧侶。北条氏の一族)
曾孫:頼助(鎌倉時代の真言宗の僧)


■日本の歴史史上、朝廷を倒した唯一の革命家

■鎌倉幕府北条家の中興の祖として、御成敗式目を制定した人物で有名である

■誠実で人望に厚い人柄。公家と武家の両方から好かれ人望があったとされる

■タレントで予備校講師の林修はNHK大河ドラマで取り上げて欲しい人物に、北条泰時を上げている



北条泰時(ほうじょう・ やすとき)略歴
【1224年~1242年】鎌倉時代前期の武将。鎌倉幕府第2代執権・北条義時の長男。鎌倉幕府第3代執権

立花宗茂 子孫

立花宗茂(武将)家族・末裔・子供


実父:高橋紹運(豊後大友氏の家臣。吉弘鑑理の子共)
養父:立花道雪(豊後の戦国大名・大友氏の家臣。臼杵鑑速や吉弘鑑理らと共に大友家の三宿老)


正室:立花道雪の娘・誾千代(良清院)
継室:矢島秀行の娘・八千子(瑞松院)
継々室:葉室賴宣の娘・菊子(長泉院)

子共
養子:立花忠茂(江戸時代前期の大名。筑後柳河藩の第2代藩主)
養女:由布惟明の娘(大鳥居信岩室)

子孫:立花宗鑑(むねあき)。サラリーマン。藩祖である立花道雪から数えて、17代目にあたる


■立花宗茂は波乱万丈の人生であったが、人を裏切らない人物であった

■関ヶ原の戦いで改易後、2代将軍の秀忠の配慮で旧領を回復し大名に返り咲く。大名として復帰した武将はいるが、旧領を回復した武将は宗茂ただ一人である

■歴史学者で東京大学教授の本郷和人(ほんごう・かずと)はNHK大河ドラマに取り上げて欲しい人物に立花宗茂をあげている



立花宗茂(たちばな・むねしげ)略歴
【1567年~1643年】安土桃山時代から江戸時代初期にかけての大名。大友氏の一族で、重臣。陸奥棚倉藩主、筑後柳河藩の初代藩主

河野一郎 子孫

河野一郎(副総理)家族・末裔・子供


曽祖父:河野次郎右衛門(生年月日不明。二宮尊徳に可愛がられた)
曽祖母:サヨ(生年月日不明)
曽父:河野次郎平(温厚篤実な人柄であった。大正3年死去)
曽母:サク(昭和18年死去)

父:河野治平(豊川村長、郡会議員、神奈川県会議長などを歴任)
母:タミ(曽我兄弟の出生地である曽我の出身で、長谷川といえば、その地方の名門に数えられる地主)
弟:河野謙三(参議院議長(第11・12代)を歴任)
弟:弘(大正4年に誕生)

妻:河野照子(田川平三郎衆議院議員の娘)

長男:武治(昭和5年に誕生。昭和10年に死去)
長女:多賀子(昭和8年に誕生)
次男:河野洋平(衆議院議員(14期)、衆議院議長(第71・72代)、内閣官房長官、外務大臣等を歴任)

孫:河野太郎(衆議院議員)


■河野一郎は代々の百姓の家に生まれる

■曽祖母のサヨの長姉が二宮尊徳に嫁いでいる

■曽祖父の河野次郎右衛門は二宮尊徳に大変可愛がられたらしいと、自著『河野一郎自伝』で述べている

■河野次郎右衛門はその勤勉と篤農家ぶりを認められ、藩主・大久保氏から河野という苗字と帯刀を許され、名主となった

■妻の照子とはお見合いで結婚している。結婚式は小田原の二宮神社で挙げた


※参考文献『河野一郎自伝(著者:河野一郎)』徳間書店康快


関連サイト
河野一郎語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4207.html


河野一郎(こうの・いちろう)略歴
【1898年~1965年】日本の政治家。副総理、日本自由党幹事長、自由民主党総務会長。河野派会長、領袖。1898年6月2日、神奈川県足柄下郡豊川村で生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業。朝日新聞社に入社。その後、政治家に転身

ハリー杉山 家族

ハリー杉山(タレント)家系・先祖


先祖:エドワード1世(2016年12月21日放送の「水曜日のダウンタウン」で先祖がエドワード1世と告白)

父親:イギリス人。ジャーナリスト。ニューヨーク・タイムズ東京支局長・アジア総支局長を歴任)
母:日本人


略歴・経歴(プロフィール)

■ハリー杉山(ハリー・すぎやま)

■タレント、司会者、モデル

■本名:杉山ヘンリー・アドリアン・フォリオット・スコットストークス

■特技:生放送

■趣味:音楽鑑賞

■日課:毎日家計簿をつけるのが日課。家計簿変態と自称

■得意な言葉:英語、日本語、中国語、仏語、ラテン語

■血液型A型

■身長

■生年月日:1985年1月20日

■出身地:東京都出身

■11歳の時に家族でイギリスへ移住し、1999年にウィンチェスター・カレッジ入学。卒業後日本に戻る

■投資銀行に勤務しながらモデル活動も行う

小栗上野介 子孫

小栗上野介(小栗忠順)家族・末裔・子供


祖父:中川忠英(江戸時代の旗本。留守居役、旗奉行を歴任)
父親:小栗忠高(小栗家11代。江戸幕府旗本(知行2500石)。新潟奉行)
母親:小栗くに子 (小栗忠清の娘)


正室:道子(建部政醇の娘)

子共:国子(小栗貞雄の妻。小栗貞雄は小栗家に養子入りし小栗家14代となる)
養子:鉞子、忠道

孫:小栗又一(詩人。小栗家15代)
曾孫:小栗忠人
玄孫:小栗又一郎(漫画家。ペンネームは小栗かずまた。代表作『花さか天使テンテンくん』)


■1827年7月16日、小栗上野介は禄高2500石の旗本・小栗忠高の子として江戸駿河台の屋敷で生まれた


小栗忠順(おぐり・ただまさ)略歴
【1859年~1863年】江戸時代末期の幕臣、勘定奉行、江戸町奉行、外国奉行。後に小栗上野介(おぐり・こうずけのすけ)と呼ばれた。小栗は鉄砲や弓の名手でもあり、砲術及び弓術上覧にて、それぞれ皆中し、徳川家慶より褒美を賜っている

北野武 家族

北野武(ビートたけし)家系


先祖:武士
曽祖父:北野鶴蔵(コナドンヤを営んだ)
祖父:正瑞友八(元々は正瑞という字だったとされる)
祖父:小宮寅吉
祖母:北野うし(女義太夫の太夫(語り手)であった。芸名は竹本八重子。阿波の国で生まれた)

父:正端菊次郎(浅草で生まれる。うしの甥にあたるが、うしの養子になった。塗装職人。1979年死去)
母:小宮さき(1999年死去)

姉:中山安子(1936年誕生。一般人女性)
兄:北野重一(宇野製作所取締役営業本部長を歴任)
兄:北野大(化学者、専門は環境化学。淑徳大学人文学部表現学科教授)
義弟:松田秀士(自動車評論家。レーシングドライバー)

妻:北野幹子(旧姓は松田。1970年代に活動した女性漫才師。大阪府出身)

長男:北野篤(博報堂ケトルのプランナー)
長女:北野井子(女優、歌手)


■参考文献
『2016年12月21日放送のNHKファミリーヒストリー』


関連サイト
北野武語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-1039.html


北野武(きたの・たけし)略歴
日本のお笑いタレント、映画監督、脚本家、俳優。芸名はビートたけし。1947年1月18日生まれ。東京都足立区島根出身。出身大学は明治大学工学部(現・理工学部)機械工学科。2003年 第27回日本アカデミー賞 編集賞(『座頭市』)。2016年 レジオン・ドヌール勲章 オフィシエ

シートン 子孫

シートン(博物学者)家族・末裔・子供


先祖:スコットランドの由緒ある家柄
曽祖父:伯爵

父親:ジョセフ・ローガン・トンプソン(海運業を営むが事業に失敗しシートンが5歳の時カナダに移住)
前妻:グレース・ギャラトン。1934年に離婚
後妻:ジュリア・バトリー。1935年に再婚

娘:アン(1904年-1990年)


■シートンは1860年にイギリスのサウスシールズという港町で12人兄弟の末っ子として誕生

■サウスシールズは商業と石炭の輸出で知られる古い街で、スコットランド出身者が多く、シートン家もその仲間だった

■シートン家はスコットランドの由緒ある家柄で、一族には高名な戦士や漁師がいた

■シートンは40冊以上の本を書き成功をおさめる。70歳の頃、ニューメキシコの広大な土地を買って移り住む。この立派な家の土地の人はシートン城と呼んだという

■1946年、86歳で死去


参考文献『シートン動物記』シートン作/白柳美彦訳(偕成社文庫)


関連サイト
シートン語録
http://meigennooukoku.net/blog-entry-4196.html


アーネスト・トンプソン・シートン略歴
【1860年~1946年】イギリス出身の博物学者、画家、作家。日本では『シートン動物記』で有名である
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