秦逸三 家族

秦逸三(人造絹糸製造の成功者)家系・家族・子孫



父:彦助
母:チセ
長兄:恭一
妻:丸井艶枝(大正12年死去)
後妻:田中レイ(大正13年に再婚)
長男:恒雄(明治43年誕生)
長女:幾子(大正2年誕生)
次男:辰二(大正5年誕生、大正9年死去)
三男:英雄(大正10年誕生)
次女:和子(大正14年誕生)
三女:知子(昭和5年生まれ)


■1880年(明治13年)、広島県に父・彦助、母・チセの三男として生まれた。


参考文献:『久村清太(著者:丹羽文雄)』


関連サイト
秦逸三語録 http://bit.ly/1jHrRfZ


秦逸三(はた・いつぞう)略歴
【1880年~1944年】日本で初めて人造絹糸(レーヨン)製造に成功した科学者・実業家。帝国人造絹糸(現・帝人の前身)共同設立者。広島県生まれ。現・山形大学工学部教授となり、研究室でビスコース人造絹糸(レーヨン)製造に専念する。研究費の不足から鈴木商店の金子直吉の援助を請け、1915年に大学の同窓であった久村清太の協力で製造所を立ち上げた。1918年、帝国人造絹糸株式会社(後の帝人)が設立されると取締役となり、ついには工業化に成功、日本の人絹工学のパイオニアとなった。これは大学発のベンチャー企業の先駆けとも言われる。1934年、常務取締役第二帝人社長。1942年同社顧問。
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久村清太 家族

久村清太(人造絹糸工業の開拓者)家系・家族・子孫



父:久村金蔵(表具師として全国にきこえた名人であった)
母:定(実家は鶴岡で裕福な廻船問屋だった。お嬢様育ちである)
継母:竹
弟:清二(家業を継いだ)
妻:佐藤齋(佐藤直中の娘。友人の山内正三の義妹)
長女:英子(戸田松三郎(東大卒)と再婚)
長男:一郎(昭和4年に結核性脳膜炎で死去)
次男:次郎(ニューギ二アで戦死)
三男:三郎(昭和14年に結核性脳膜炎で死去)
次女:加壽子(山田恒治と結婚)
三女:静子(三瀬眞作と結婚)


■明治13年、山形県酒田で父・金蔵、母・定の長男として生まれた。金蔵は定が亡くなった後、竹と再婚する。

■不幸にも、息子三人は早くに亡くなった。


参考文献:『久村清太(著者:丹羽文雄)』


関連サイト
久村清太語録 http://bit.ly/1m45llp


久村清太(くむら・せいた)略歴
【1880年~1951年】化学者、人造絹糸工業の開拓者、実業家、帝人会長、国際パルプ工業社長を歴任した。山形県酒田の生まれ。東京帝大工科大学応用化学科卒。

小早川隆景 子孫

小早川隆景(武将・大名)家系・家族・子共



父:毛利元就(安芸(現在の広島県西部)の国人領主・戦国大名)
母:妙玖夫人(安芸国の国人領主・吉川国経の娘)
養父:小早川興景(安芸の国人領主。竹原小早川氏の第13代当主)

兄弟:
毛利隆元、五龍局(宍戸隆家室)、吉川元春、二宮就辰、穂井田元清
毛利元秋、出羽元倶、天野元政、末次元康、小早川秀包

妻(正室):問田の大方(小早川正平女)

実子はなし。
養子:毛利秀包(毛利元就の九男で弟にあたる)
養子:小早川秀秋(丹波亀山城主、筑前名島城主を経て備前岡山藩主)


■1533年(天文2年)毛利元就の3男として生まれた。兄弟に同母兄の毛利隆元・吉川元春などがいる。毛利両川の1人として、元春と共に毛利氏の発展に尽くした

■豊臣政権下では豊臣秀吉の信任を受け、文禄4年に発令された「御掟」五ヶ条と「御掟追加」九ヶ条において秀吉に五大老の一人に任じられた。実子はなく、木下家定の五男で豊臣秀吉の養子となっていた羽柴秀俊(小早川秀秋)を養子として迎え、家督を譲っている

■養子の小早川秀秋は、関ヶ原の戦いで戦闘中に東軍に寝返り徳川家康に勝利をもたらす契機を作ったことで知られる。


関連サイト
小早川隆景語録 http://bit.ly/1lUBqvT


小早川隆景(こばやかわ・たかかげ)略歴
【1533年~1597年】戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。毛利元就の3男で、兄弟に同母兄の毛利隆元・吉川元春などがいる。小早川家の養子となり毛利本家を支えた。知将として名高い。毛利両川の1人として、元春と共に毛利氏の発展に尽くした。毛利水軍の指揮官としても活躍した。

岡田卓也 家族

岡田卓也(イオン創業者)家系・家族・子共



父:6代目岡田惣右衛門(卓也が2歳の時に心臓弁膜症で亡くなる)
母:田鶴(卓也が10歳の時に結核で亡くなる)
妻:高田保子(金城学院、在学中に結婚。実家は三重郡菰野町の大地主)
長男:岡田元也(4代目イオン社長)
次男:岡田克也(政治家。民主党代表、副総理を歴任)
三男:高田昌也(中日新聞社編集局政治部長。母方の高田家の養子に)


■1925年(大正14年)、三重県四日市に160年以上続く岡田屋呉服店の7代目として生まれた。姉が5人おり卓也は長男

■岡田家の起源は1758年(宝暦8年)に岡田惣左衛門が現・三重県四日市で小間物商を創業したのが始まり。2代目から惣右衛門と名乗るようになった。5代目惣右衛門が岡田屋に改称。6代目惣右衛門が株式会社岡田屋呉服店に改組した。この6代目が卓也の父である

■卓也の父母は早く亡くなったため、店は姉の千鶴子が、卓也が成人するまでという期限付きで切り盛りした

■卓也は終戦直後の20歳の時に早稲田大学の学生のまま、姉・千鶴子から店を引き継ぎ社長となった。1969年(昭和44年)、岡田屋、フタギ、シロを合併させジャスコを誕生させた。江戸時代から続いた岡田屋の暖簾(のれん)を捨て、ジャスコという巨大な流通企業を生み出した

■2001年(平成13年)、長男・元也社長のもとでジャスコをイオンに社名変更した


イオンの歴代社長

【岡田屋呉服店時代】
初代:6代目岡田惣右衛門(1926年~1939年)
2代:小嶋千鶴子(1939年~1946年)
3代:岡田卓也(1946年~1970年)

【ジャスコ・イオン時代】
初代:岡田卓也(1970年~1984年)
2代:二木英徳(1984年~1996年)
3代:田中賢二(1996年~1997年)
4代:岡田元也(1997年~

※商号を岡田屋→岡田屋呉服店→ジャスコ→イオンに変更


参考文献
『創業家物語(著者:有森隆)』
『小売業の繁栄は平和の象徴(私の履歴書)』


関連サイト
岡田卓也語録 http://bit.ly/RBuswQ


岡田卓也(おかだ・たくや)略歴
1925年~(大正14年~)ジャスコ(現・イオン)創業者。三重県四日市市生まれ。昭和21年、㈱岡田屋呉服店代表取締役。昭和23年、早稲田大学商学部卒。昭和44年、ジャスコを創業。2001年、イオンに社名変更。

黒沢年雄 家族

黒沢年雄(俳優)家系図・家族・子共



弟:くろさわ博(歌手。元ヒロシ&キーボー。 曲『3年目の浮気』がヒット)
妻:街田リーヌ(モデル。本名は街子、旧姓は宮崎)
娘:黒沢レイラ(女優・タレント。旧芸名は三井万裕美。本名は裕美)


■1964年、第4期東宝ニューフェイスとして東宝に入社。俳優を志した理由は『有名になって金持ちになりたかったから』とのこと


関連サイト
俳優(日本)語録集 http://bit.ly/1bZnlGe


黒沢年雄(くろさわ・としお)略歴
日本の俳優・歌手。株式会社プロダクション・クロ代表取締役。1944年2月4日生まれ。神奈川県横浜市西区出身。身長175cm。血液型AB型。1964年のデビュー以降、映画、ドラマ、バラエティなどで幅広く活躍。歌手としても1978年に「時には娼婦のように」がヒットした。

ダンカン 家族

ダンカン(お笑い芸人)家系・家族・子共



妻:初美(一般人。2014年、乳癌のため47歳で逝去)

子供は息子2人、娘1人
長女:美つき
長男:甲子園
次男:虎太郎


■大の阪神タイガースファンとしても知られており、長男に「甲子園」、次男にはモノ真似タレントの松村邦洋の助言により「虎太郎(とらたろう)」と命名した。


関連サイト
お笑い芸人語録集 http://bit.ly/18hDRjp


ダンカン略歴
日本のお笑いタレント、俳優、放送作家。たけし軍団の一員。本名は飯塚実(いいづか・みのる)。1959年1月3日生まれ。埼玉県入間郡毛呂山町出身。埼玉県立越生高等学校卒。放送作家としての活動も長く、スポーツ新聞などへの執筆活動も長年続けている(サンケイスポーツのタイガースコラムなど)。介護を扱った小説『パブロフの人』を執筆しており、自身もホームヘルパーの資格も取得している

椎名誠 家族

椎名誠(作家)家系・家族・子共



父:公認会計士
妻:渡辺一枝(エッセイストでチベットについての本など、多数の著書ある)
息子:渡辺岳(ボクサーを経て写真家に)
娘:渡辺葉(翻訳家でエッセイスト)


■親友の弁護士・木村晋介の紹介で、妻(元保育士でエッセイスト)の渡辺一枝と出会い結婚した。

■本名は渡辺誠(わたなべ・ まこと)。旧姓は椎名。結婚したときに妻の渡辺一枝の姓に合わせ、渡辺姓となった。


関連サイト
椎名誠語録 http://bit.ly/1v6V3SS


椎名誠(しいな・まこと)略歴
日本の作家、SF作家、エッセイスト、写真家、映画監督。1944年6月14日生まれ。東京都世田谷区三軒茶屋出身。本名は渡辺誠(わたなべ・ まこと)。旧姓は椎名。結婚したときに妻の渡辺一枝の姓に合わせ、渡辺姓となった。代表作『わしらは怪しい探険隊』『岳物語』『アド・バード』など。主な受賞歴:吉川英治文学新人賞(1989年)、日本SF大賞(1990年)、EARTH VISION 地球環境映像祭(1996年)、日本映画批評家大賞(1996年)など。

堤義明 家族

堤義明(西武鉄道グループ総帥)家系・家族・子共



父:康次郎(西武グループ創始者。政治家、第44代衆議院議長)
母:石塚恒子(新潟県、歯科医で政治家の石塚三郎の娘、未入籍)
妻:由利(三井物産海外施設部次長の長女)

兄弟
弟:康弘(母は石塚恒子。豊島園社長、西武建設取締役を歴任)
弟:猶二(母は石塚恒子。東京テアトル取締役、プリンスホテル社長を歴任)

異母兄弟
淑子(母は康次郎の最初の妻コト、西武鉄道社長の小島正治郎の妻となる)
清(母は岩崎その、東大卒。近江鉄道社長を歴任)
清二(母は青山操。西武流通・セゾングループ代表を務めた)
邦子(母は青山操。エッセイスト、フランスに移住した。1997年死去)

子供
正利(西武建設)
千香
広利


■西武グループ初代の康次郎には妻が5人いたとされる。正妻は3人。西沢コト、川崎文(子供はなし)、青山操。他、籍は入れなかったが実質的に妻だったのが岩崎そのと石塚恒子である。


西武鉄道歴代社長
初代:小島正治郎(1954年~1973年)
2代:堤義明(1973年~1989年)
3代:仁杉厳(1989年~1996年)
4代:戸田博之(1996年~2004年)
5代:小柳 皓正(2004年~2005年)
6代:後藤高志(2005年~


参考文献:『創業家物語(著者:有森隆)』


関連サイト
堤清二の家系図 http://bit.ly/189gMib
堤義明語録 http://bit.ly/1uT7v8o


堤義明(つつみ・よしあき)略歴
日本の実業家、西武鉄道グループの元オーナー。不動産、鉄道、観光、流通などのグループ総帥を務めた。西武鉄道社長、プリンスホテル社長、西武ライオンズオーナーなどを歴任。父は西武グループの基礎を一代で築き上げた堤康次郎。1934年5月29日生まれ。早稲田大学卒。1980年代の日本バブル経済時にフォーブスの億万長者ランキング1位として紹介されたこともある。

松原操 家族

2代目松原操(歌手)家系・家族・子共



父:霧島昇(戦前から戦後にかけて活躍した流行歌手。本名は坂本栄吾)
母:松原操(主に戦前期に活躍した女性流行歌歌手)
兄弟は姉二人、兄一人


■一男3女の末娘として生まれる。4人とも音楽大学の声楽科に進んだ。


関連サイト
ミュージシャン・歌手(日本)語録集 http://bit.ly/13LCqvM


2代目松原操(まつばら・みさお)略歴
日本の歌手。東京音楽大学声楽科卒業。1975年~1988年まで、母校にて13年間後進の指導にあたる。1979年東京文化会館推薦オーディション合格。同デビューコンサート出演。第27回文化放送音楽賞受賞。第3回日本歌曲コンクール入賞。1995年ウィーン・コンツェルトハウス(シューベルトザール)にて、ベーゼンドルファー・日本航空・講談社の後援で『日本のこころを歌う』と題したリサイクルを開き、現地の音楽関係者から絶賛される。

奥田瑛二 家族

奥田瑛二(俳優・映画監督)家系・家族・子共



父:安藤豊(愛知県の春日井市議会議員を務めた)
兄:安藤豊彦(苔玉作家)
妻:安藤和津(エッセイスト、タレント)
長女:安藤モモ子
次女:安藤サクラ(女優。学習院女子大学国際文化交流学部卒)


■妻の安藤和津は東京柳橋に、元法相犬養健の妾の子(非嫡出子)として生まれ、のちに子として認知される。祖父は元内閣総理大臣の犬養毅


関連サイト
奥田瑛二(俳優・映画監督)語録 http://bit.ly/1pXlNaw


奥田瑛二(おくだ・えいじ)略歴
日本の俳優、映画監督、画家、声優、ナレータ。1950年3月18日生まれ。身長175cm、血液型はAB型。本名は安藤豊明(あんどう・とよあき)。旧芸名は奥田英二。愛知県春日井市出身。明治学院大学法学部中退。
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