伊藤雅俊 家族

伊藤雅俊(イトーヨーカ堂創業者)家系・家族・子供



父:金子専蔵(埼玉県芳野村(現・川越市)の村長をしていた地主の息子)
母:ゆき(缶入り海苔を開発した東京神田万世橋の乾物商の娘)
叔父:吉川敏雄(洋品店を経営。母・ゆきの弟)
異父兄:伊藤譲(13歳年上。44歳の若さで死去)
異父兄:透

妻:中村伸子(東京の高円寺のきくや洋品店の娘)

長男:裕久(東急電鉄勤務を経て、イトーヨーカ堂に入社し専務を歴任)
次男:順朗(三井信託銀行を経て、セブンイレブンに入社し取締役を歴任)
長女:山本尚子


※姓が伊藤に変わるのが28歳の頃で、『伊藤』は母の死別した前の夫の姓。

※母・ゆきの最初の夫は、大阪日日新聞(現・毎日新聞)の記者で伊藤忠治といったが、病気で早く亡くなった。その後、金子専蔵と再婚し伊藤雅俊が生まれる。そのため伊藤雅俊には父親違いの兄姉が3人いる。

※異父兄の伊藤譲が母の弟・吉川敏雄がやっていた洋品店を暖簾分けしてもらう形で、浅草に店を持った。これが羊華堂・浅草店であり、イトーヨーカ堂のルーツである。


参考文献『私の履歴書 経済人38』


関連サイト
伊藤雅俊語録 http://bit.ly/wrEHOc


伊藤雅俊(いとう・まさとし)略歴
イトーヨーカ堂グループ創業者。1924年に東京で生まれる。横浜市立商業専門学校(現・横浜市立大学)卒。昭和31年、羊華堂社長。昭和33年、株式会社ヨーカ堂(現・イトーヨーカ堂)を設立。イトーヨーカドー、セブンイレブン、デニーズなど60数社のイトーヨーカドーグループの創業者として活躍した。著書に「商いの心くばり」
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上島忠雄 家族

上島忠雄(UCC上島珈琲創業者)家族・子共



父:奈良県内の大きな農家
妻:禎子(さだこ)
孫:上島昌佐郎(UCC上島珈琲4代目社長)


■奈良県磯城郡田原本町に大きな農家の五男として生まれた。

■旧制奈良商業を卒業後、大阪の食料品店に住み込みで働く。後に神戸で食料品を扱っている叔父のもとで奉公するが、叔父が閉店したのを機に1933年、23歳の時に個人商店として創業した。以後、現在までほぼ同族で経営を行っている


UCC上島珈琲歴代社長
初代:上島忠雄(1933年、23歳の時に個人商店として創業)
2代:上島達司(1980年社長に就任。甲南大経済学部卒)
3代:上島豪太(2009年社長に就任。甲南大学卒)
4代:上島昌佐郎(2013年社長に就任)


関連サイト
上島忠雄語録 http://bit.ly/1nTFE5M


上島忠雄(うえしま・ただお)略歴
【1910年~1993年】UCC上島珈琲創業者。奈良県内の大きな農家に生まれた。旧制奈良商業を卒業後、大阪の食料品店に住み込みで働く。23歳で独立して『上島忠雄商店』を開業。神戸でコーヒーの味に出合い焙煎卸業を開始する。1969年、世界初の缶コーヒーを開発・販売し、脚光を浴びる。1981年、ジャマイカに直営農園を開設。

井伊直虎 子孫

井伊直虎(戦国の女武将)家系・家族・子共



父:井伊直盛(遠江国引佐郡井伊谷城(現・静岡県浜松市北区)城主)
母:友椿尼
養子:井伊直政(徳川四天王の一人で井伊氏第24代当主)


※遠江井伊谷の国人・井伊直盛の娘として誕生。
※主君は今川氏真→徳川家康。
※直虎という男性名を名乗っているが、歴史上の記録では女性であった事が分かっており、あえて男性名を名乗ったとされる。
※家督を直政に渡した後はひっそりと暮らし、一生独身のまま、その生涯を終えた。


関連サイト
戦国武将語録集 http://bit.ly/xdI9T4


井伊直虎(いい・なおとら)略歴
【生年不詳~1582年】戦国時代の女性領主。徳川四天王の一人で井伊氏第24代当主井伊直政の養母。遠江井伊谷(静岡県浜松市(旧・引佐郡)引佐町)の国人井伊氏の当主を務め、「女地頭」と呼ばれた。

高円宮典子 家族

高円宮典子 家系・家族・子共



曽祖父:大正天皇
祖父:三笠宮崇仁親王(父が大正天皇。歴史学者で専攻は古代オリエント史)
父:高円宮憲仁親王(大正天皇の孫・昭和天皇の甥・今上天皇の従弟)
母:憲仁親王妃久子(憲仁親王薨去後は、高円宮家の当主を務める)
姉:承子女王(つぐこじょおう)
妹:絢子女王((あやこじょおう)
夫:千家国麿(出雲大社禰宜・祭務部長)


※学習院大学在学中の2007 年4月に母の久子様と出雲大社を参拝した時が、千家家との初めての出会いであった。その後、成年皇族として公務にも携わることになるため、ゆっくりと交際が進められてきた。

※2013 年5 月、出雲大社が60 年ぶりに本殿を修復し、ご神体を戻した『本殿遷座祭』では典子さまも拝礼されている。

※2014年秋に出雲大社で結婚式をあげた


関連サイト
高円宮典子語録 http://bit.ly/1rbSL88
千家国麿(出雲大社禰宜)家系図 http://bit.ly/1nO5o3D


典子女王(のりこ・じょおう)略歴
日本の元皇族。高円宮憲仁親王と同妃久子の次女。1988年(昭和63年)7月22日生まれ。学習院大学文学部心理学科卒業。幼い頃から音楽や美術に親しむ一方、バレエなどの習い事にも励み、芸術鑑賞や読書、バードウォッチングを趣味とする。

千家国麿 家族

千家国麿(出雲大社禰宜)家系・家族・子共



父:千家尊祐(島根県の出雲大社の宮司)
母:さんと礼子(あやこ)
妻:典子様(元皇族。高円宮憲仁親王と同妃久子の次女。2014年秋に出雲大社で結婚式をあげた)


※千家家は代々、出雲大社の祭祀を担っている。
※出雲大社宮司の千家尊祐(たかまさ)さんと礼子(あやこ)さんの長男として生まれた。
※当時、学習院大学在学中の典子様が2007 年4月に母の久子様と出雲大社を参拝した時が、二人の初めての出会いであった。その後、典子様が成年皇族として公務にも携わることになるため、ゆっくりと交際が進められてきた。
※2013 年5 月、出雲大社が60 年ぶりに本殿を修復し、ご神体を戻した『本殿遷座祭』では典子さまも拝礼している。


関連サイト
千家国麿語録 http://bit.ly/1rbPANT
高円宮典子(家系図)http://bit.ly/1rbhSrG 


千家国麿(せんげ・くにまろ)略歴
出雲大社禰宜・祭務部長。1973年9月2日生まれ。国学院大学文学部神道学科を卒業し、乃木神社奉職を経て、出雲大社に奉職した。趣味はバードウォッチング

石橋正二郎 家族

石橋正二郎(ブリヂストン創業者)家系・家族・子孫



父:石橋徳次郎(家業は着物や襦袢を縫う仕立屋)
母:マツ
兄:重太郎(家督を継いで2代目徳次郎を襲名。元日本ゴム社長)
弟:進一(元日本ゴム会長)

妻:昌子(日本ユニセフ協会の設立に参画)

長男:幹一郎(ブリヂストン社長・会長を歴任。妻が団琢磨の孫・朗子)
長女:安子(鳩山一郎元首相の長男威一郎に嫁す。長男に 鳩山由紀夫)
次女:典子(夫が成毛収一。長男ギタリストの成毛滋、長女漫画家の成毛厚子)
三女:啓子(元三井液化ガス相談役の郷裕弘に嫁す)
四女:多摩子(元衆議院議長石井光次郎の長男で元ブリヂストンサイクル社長石井公一郎に嫁す)

孫:石橋寛(ブリヂストン監査役。妻の理沙は高見エミリーの姉。父は幹一郎)


※ 衆議院議長となる石井光次郎とは久留米商業時代からの親友。


ブリジストン歴代社長
初代:石橋正二郎(1931年~1963年)
2代:石橋幹一郎(1963年~1973年)
3代:柴本重理(1973年~1981年)
4代:服部邦雄(1981年~1985年)
5代:家入昭(1985年~1993年)
6代:海埼洋一郎(1993年~2001年)
7代:渡辺恵夫(2001年~2006年)
8代:荒川詔四(2006年~2012年)
9代:津谷正明(2012年~)


参考文献『創業家物語(著者:有森隆)』


関連サイト
石橋正二郎語録 http://bit.ly/p8jFzV


石橋正二郎(いしばし・しょうじろう)経歴
1889年~1976年(明治22年~昭和51年)ブリヂストン創業者。福岡県久留米市生まれ。久留米商業卒。家業の仕立業を継ぐが、足袋製造に転業。さらに地下足袋製造に転じたあと、昭和6年ブリヂストンタイヤ(現・ブリヂストン)を設立して自動車タイヤ国産化。昭和38年会長。昭和27年ブリヂストン美術館設立。87歳で没。著書に「私の歩み」

水野利八 家族

水野利八(ミズノ創業者)家系・家族・子孫



父:水野利八(岐阜県大垣市の大工の棟梁)
母:ゆき
弟:利三(りぞう)

妻:(大正3年に急逝。同じ年に長男も急逝)
次男:健次郎(ミズノ2代目社長)

孫:正人(ミズノ3代目社長。東京2020オリンピック招致委員会事務総長)
孫:水野明人(ミズノ4代目社長。正人は実兄)
曾孫:水野英人(ミズノの取締役。グローバル・ブランド開発担当)


※生家は、旧大垣藩で苗字・帯刀を許される『殿様ご用の棟梁』と呼ばれる家柄であった。
※幼名は仁吉(にきち)といったが、大正4年に父の利八を襲名した。
※カッターシャツは『勝ったシャツ』の語呂合わせで水野利八がネーミングした。


関連サイト
水野利八語録 http://bit.ly/116epyv


水野利八(みずの・りはち)略歴
【1884年~1970年】スポーツに関わる製品の製造、卸売、販売会社最大手のミズノ創業者。岐阜県大垣市に生まれた。興文小高等科中退。9歳のときに棟梁をしていた父が亡くなり、大阪・京都へ、丁稚奉公へ出た。京都・三高野球クラブの試合を見て、野球の魅力に惹かれ運動用品の商売を志す。1906年に弟の水野利三と大阪市北区で水野兄弟商会(現・ミズノ)を創業した

小林秀雄 家族

小林秀雄(文芸評論家)家系図・家族・子孫



父:小林豊造(日本ダイヤモンド株式会社の創立者)
母:精子
妻:森喜代美(長野出身)
娘:明子(夫が白洲次郎、白洲正子の次男・白洲兼正)
孫:白洲信哉(細川首相の公設秘書を経て執筆活動を行う。母は明子、父は白洲兼正)


※父豊造は日本初のダイヤモンド工具メーカー、日本ダイヤモンド株式会社の創設者である。ベルギーでダイヤモンド加工研磨の技術を学び、日本にその技術と機械とを持ち帰り、「洋風装身具製作」の先駆者となった。また日本で最初の、蓄音機用のルビー針を作るなど数多くの技術を開発している。


関連サイト
小林秀雄語録 http://bit.ly/Z7aEmF


小林秀雄(こばやし・ひでお)略歴
【1902年~1983年】日本の文芸評論家。日本の近代批評の確立者であり、戦前の日本の知性を代表する巨人の一人。戦後も保守文化人の代表者であった。東京生まれ。

岩垂邦彦 家族

岩垂邦彦(NEC創業者)家系・家族・子孫



父:喜多村修蔵(きたむら・しゅうぞう)小笠原藩の家老。
兄あり
妻:梅子(良き妻として夫・邦彦をよく支えた)
孫:岩垂好裕


※喜多村修蔵の次男として生まれる。修蔵は岩垂家から喜多村家に婿養子として入ったが、岩垂家の後嗣がなかったため、邦彦が岩垂家を継ぐこととなった。


関連サイト
岩垂邦彦(NEC創業者)語録 http://bit.ly/OWfooa


岩垂邦彦(いわだれ・くにひこ)略歴
【1857年~1941年】日本電気株式会社(NEC)の創業者。小倉小笠原藩士の家老の次男として生まれる。工部大学校電信科(現・東大工学部)を卒業。政府の工部省で電気技師の仕事に携わった後、渡米。エジソン・マシンワークス社で働きエジソンと直接に接した日本人の一人としても有名。帰国後、大阪電灯(現・関西電力)に入社し、初代技師長に就任。1899年に米国のウェスタン・エレクトリック社と岩垂邦彦らの出資により日本電気(NEC)を設立。日本初となる外国資本との合弁会社となった。専務取締役、取締役社長、1926年に取締役会長に就任し1929年に退任するまでNECを牽引した。1934年にその功績が称えられて勲五等瑞宝章を受賞。

大江健三郎 家族

大江健三郎(小説家)家系・家族・子共



岳父:伊丹万作(脚本家、映画監督、俳優、エッセイスト)
実兄弟:兄二人、姉二人、弟一人、妹一人
義兄:伊丹十三(映画監督、俳優、エッセイスト)
妻:大江ゆかり(映画監督の伊丹十三の妹)
長男:大江光 (作曲家)


関連サイト
大江健三郎語録 http://bit.ly/1r1Rqkn


大江健三郎(おおえ・ けんざぶろう)略歴
日本の小説家。1994年ノーベル文学賞受賞。1935年1月31日生まれ。愛媛県喜多郡内子町(旧・大瀬村)出身。東京大学文学部フランス文学科卒。代表作『飼育』『芽むしり仔撃ち』『個人的な体験』『万延元年のフットボール』『洪水はわが魂に及び』『同時代ゲーム』『新しい人よ眼ざめよ』『燃えあがる緑の木』など。
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