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デーブスペクター 家族

デーブスペクター(テレビプロデューサー)家族・子共



妻:京子・スペクター(エッセイスト・コラムニスト)


※1976年、ロサンゼルスのホテルニューオータニロサンゼルス(現・キョート・グランド・ホテル・アンド・ガーデンズ)でコンシエルジュとして働く京子と出会い1981年に結婚した。
※京子との間に子はいない


関連サイト
デーブスペクター語録 http://bit.ly/1jcfN4B


デーブスペクター略歴
日本を拠点に活動するアメリカ人テレビプロデューサー、放送作家、著作家、タレント、コメンテーター。アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身。妻はエッセイスト・コラムニストの京子・スペクター。

山下亀三郎 子孫

山下亀三郎 家系・家族・子供
(山下財閥創業者)


父:源次郎(庄屋)
母:敬(けい)

妻:朝倉カメ子(横浜出身)

長男:山下太郎(山下汽船社長)
次男:山下三郎(山下新日本汽船社長)
三男:波郎
四男:豊郎
長女:象子
次女:登美子
三女:敬子

大甥:山下源一郎(11代当主)

孫:山下眞一郎


■1867年(慶応3年)、伊予国宇和郡河内村(現: 宇和島市吉田町)の庄屋・山下家の7人兄弟の末子として生まれた

■山下亀三郎は勝田銀次郎、内田信也と並ぶ三大船成金の一人と称された


※参考文献『海運王山下亀三郎』著者:青山淳平


■略歴
山下亀三郎(やました・かめさぶろう)
【1867年~昭和1944年】日本の実業家。勲一等。山下汽船(現・商船三井)・山下財閥の創業者。当時の三大船成金の一人とされる。愛媛県(現・宇和島市吉田町)で生まれた

根津嘉一郎 家族

根津嘉一郎(東武グループ創業者)家系・家族・子孫



父:嘉市郎(農業の傍ら、菜種油の製造や雑穀の売買、質屋を兼業)
母:きみ
兄:一秀
妻:久良(旗本、村上家の6女。父・知彰が維新後、新政府の大蔵省に出仕)
長男:藤太郎(根津財閥の2代目総帥。2代目嘉一郎を名乗り、東武鉄道の経営を引き継ぐ)
孫:根津公一(東武百貨店社長、会長を歴任。父は2代目根津嘉一郎)
孫:根津嘉澄(東武鉄道社長。東大卒。父は2代目根津嘉一郎)


※次男として生まれたが兄・一秀の死により、家督を相続した。


参考文献
『東武王国 小説根津嘉一郎(著者:若山三郎』
『持丸長者戦後復興篇(著者:広瀬隆)』


関連サイト
根津嘉一郎語録 http://bit.ly/PIeWgj


根津嘉一郎(ねづ・かいちろう)略歴
万延元年~昭和15年(1860年~1940年)東武グループ創業者。衆議院議員(4期)、貴族院議員を務める。東武鉄道や南海鉄道(現・南海電気鉄道)など日本国内の多くの鉄道敷設や再建事業に関わり「鉄道王」と呼ばれた。教育事業も手がけ、旧制武蔵高等学校(現・武蔵中学校・高等学校)を創立。現・山梨県山梨市生まれ。

劇団ひとり 家族

劇団ひとり(お笑いタレント)家系・家族・子供



先祖:川島総次(妻は幕末の志士・中岡慎太郎の実姉)

父:日本航空勤務。国際線のパイロット。
母:川島育子(元客室乗務員でマナーの講師)
妻:大沢あかね(タレント。祖父は元プロ野球選手、監督の大沢啓二)
娘一人


■両親は日本航空勤務(父は国際線パイロット、母は客室乗務員)で職場結婚した。劇団ひとりは二男で兄と妹がいる

■劇団ひとりは中岡慎太郎の実姉の夫・川島総次の末裔にあたる


関連サイト
劇団ひとり語録 http://bit.ly/1qRz4Cs


劇団ひとり(げきだん・ひとり)略歴
日本のお笑いタレント、作詞家、俳優、小説家、映画監督。本名は川島省吾(かわしま・ しょうご)。1977年2月2日生まれ。千葉県千葉市出身。著書『陰日向に咲く』幻冬舎(100万部突破)。『晴天の霹靂』幻冬舎。『そのノブは心の扉』文藝春秋など。

伊藤忠兵衛 家族

伊藤忠兵衛(2代目・伊藤忠商事創業者家系・子孫



父:伊藤忠兵衛 (初代)
母:伊藤八重
妻:千代(奈良県会議員、吉野銀行頭取の永田藤兵衛の長女)
姉:とき(長男の伊藤英吉が1968年伊藤忠商事の会長に就任)
姉婿:伊藤忠三(伊藤忠商店社長)
長男:伊藤恭一(呉羽紡績社長、東洋紡績社副社長などを歴任した)
孫:武子(夫が衆議院議員、第71・72代衆議院議長の河野洋平)


※滋賀県豊郷町に伊藤忠兵衛 (初代)、八重の次男として生まれる。長男が夭逝したために早くから後継者となった。


関連サイト
伊藤忠兵衛(2代目)語録 http://bit.ly/wErETR


伊藤忠兵衛(いとう・ちゅうべい)経歴
【1886年~1973年(明治19年~昭和48年)】伊藤忠商事及び丸紅創業者。滋賀県生まれ。幼名・精一。県立八幡商業卒。明治36年2代目忠兵衛を襲名して家業の綿糸卸商・伊藤本店を継承。大正7年株式会社伊藤忠合名に改組。同年伊藤忠商事設立。このあと富山紡績、呉羽(くれは)紡績らを設立したのち、昭和19年合併統合して大建産業設立。戦後公職追放で引退。86歳で没。著書に「伊藤忠兵衛翁回想録」他

岩崎弥太郎 子孫

岩崎弥太郎(三菱財閥創始者)家系・家族・子孫



父:岩崎弥次郎(土佐国、現・高知県安芸市の地下浪人)
母:美和(医者・小野慶蔵の次女。小野家も地下浪人)
弟:弥之助(三菱財閥第2代総帥。妻の早苗は政治家、後藤象二郎の長女)

妻:喜勢(郷士・高芝玄馬(重春)の二女)

子供
長女:春路(夫が外交官で第24代内閣総理大臣となる加藤高明)
長男:久弥(三菱財閥第3代総帥)
四女:雅子(夫が外交官で第44代内閣総理大臣となる幣原喜重郎)

甥:岩崎小弥太(三菱財閥第4代総帥。弟・弥之助の長男)
甥:岩崎俊弥(旭硝子の創業者。弥之助の次男)


■娘婿から2人も総理大臣を出しているところが凄い


【三菱財閥岩崎家4代】
初代総帥 岩崎弥太郎
2代総帥 岩崎弥之助(初代・弥太郎の弟。17歳下)
3代総帥 岩崎久弥(初代・弥太郎の長男)
4代総帥 岩崎小弥太(初代・弥太郎の甥で弥之助の長男)


初代弥太郎が日本の海運業を制覇し、三菱財閥の土台を築いた。しかし明治政府は弥太郎が大隈重信率いる立憲改進党の資金源と睨み、明治15年共同運輸と称する巨大海運会社を三井や渋沢栄一に創設させ、岩崎家を倒そうとする。三菱は2年以上にわたり共同運輸の攻撃をしのいだが、闘いの最中に弥太郎は癌に冒され死去する。弟の弥之助が三菱を継いで2代目社長となるが、経営は破たん寸前であった。そこで、一旦は兄が日本一にした海運業を捨て去る苦渋の決断をする。政府の斡旋により、明治18年三菱を解散して共同運輸と合併し、日本郵船を誕生させた。その後、弥之助は三菱社を創設。海運分野を切り離して残った鉱業や造船業、金融業、地所事業、倉庫業を中心に多角経営に乗り出す。海から陸への転換をはかった。さらに、3代目久弥と4代目小弥太が三菱を引き継ぎ、さらなる巨大な企業・財閥グループに発展させた。2代目弥之助の業績はあまり知られていないが、弥之助がいなければ三菱は初代の弥太郎で終わっていたといえよう。


関連サイト
岩崎弥太郎語録集(経営編)http://bit.ly/rngA6X
岩崎弥太郎語録集(教育編)http://bit.ly/xGMext


岩崎弥太郎(いわさき・やたろう)略歴
1834年~1885年(天保5年~明治18年)三菱財閥創始者。土佐(高知県)生まれ。開成長崎商会、九十九(つくも)商会を経て、明治6年三菱商会を設立し海運業に乗り出す。明治7年郵船汽船三菱会社と改称し、国内最大の海運会社となる。明治16年三井系の共同運輸会社と熾烈なる競争を繰り広げて三井財閥と対抗。51歳で他界するが、郵船汽船三菱会社は長男久弥らの手で三菱財閥へと発展した

大久保嘉人 家族

大久保嘉人(サッカー)家系・家族・子共



父:克博
母:千里(ちさと)
妻: 2004年12月に結婚
長男:2005年誕生
次男:2010年誕生
三男:2012年誕生


※結婚式は2008年1月5日にホームズスタジアム神戸内の施設で挙げた。


関連サイト
大久保嘉人(日本代表)語録 http://bit.ly/1qxUmVH


大久保嘉人(おおくぼ・よしと)略歴
プロサッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。Jリーグ・川崎フロンターレ所属。Jリーグ得点王:1回(2013年)。Jリーグベストイレブン:1回(2013年)。1982年6月9日生まれ。福岡県京都郡苅田町出身。身長:170cm

山田昇 家族

山田昇(ヤマダ電機創業者)家系図・家族・子供



父:惣太郎(大衆食堂のうどん屋を経営)
母:ケサギク(大衆食堂のうどん屋を経営)
長兄:警察官

妻:恵美子(群馬県出身。県立吾妻高校卒)

長男:傑(山田電機取締役)
実娘:2002年 交通事故で死去

甥:一宮忠男(山田電機2代目社長)


■山田昇は1943年2月11日3男4女の末っ子として宮崎県宮崎郡佐土原町(現・宮崎市)で生まれた

■日本ビクターの群馬県の前橋工場の勤務時に恵美子と知り合い職場結婚した。二人の退職金と借金を元手に独立した


参考文献:『ヤマダ電機の品格 著者(立石泰則)』


関連サイト
山田昇語録 http://bit.ly/NCATN7


山田昇(やまだ・のぼる)略歴
ヤマダ電機創業者。1943年に宮崎県宮崎郡佐土原町(現・宮崎市)に生まれる。高校卒業後、上京してアルバイトをしながら千代田テレビ技術学校テレビ専修科でカラーテレビの技術を学ぶ。1966年に日本ビクター入社。1983年に株式会社ヤマダ電機を設立。2000年に東京証券取引所市場第一部上場

石橋貴明 家族

石橋貴明(とんねるず)家系・家族・子共



父:武夫(石橋化成を経営していたが倒産)
前妻:元モデル
妻:鈴木保奈美(女優)
娘:石橋穂乃香(女優)
他に娘3人


※1988年、元モデルの前妻と入籍。妻との間に娘で今は女優の石橋穂乃香をもうける。
※1998年『とんねるずのみなさんのおかげでした』のコーナー「新・食わず嫌い王決定戦」で共演した女優の鈴木保奈美と再婚(後に、鈴木との間に娘を3人もうける)


関連サイト
石橋貴明語録 http://bit.ly/UNb1ib


石橋貴明(いしばし・たかあき)略歴
日本のお笑いタレント、司会者、歌手、俳優、芸能事務所社長。1961年(昭和36年)10月22日、東京都葛飾区で生まれる。帝京高校時代は野球部に所属していた。卒業後、都内のホテルに入社するが、約半年で退職。その後、木梨憲武と組んで『とんねるず』としてタレントデビュー。司会をしたバラエティー番組や歌番組が数々ヒットし、歌手としてもミリオンセラーを連発。89年には映画デビュー、97年にはハリウッド映画にも出演した。

山中伸弥 家族

山中伸弥(ノーベル生理学・医学賞)家系・家族・子共



父:工学部を出て、ミシンを作る町工場を経営
妻:知佳(皮膚科の医者)
娘2人(2人とも医学部)


※妻とは中学、高校と同じ大阪教育大学附属の学校に通っており、中学生の時から交際していた。
※高校時代に、徳田虎雄(徳洲会理事長)の著書『生命だけは平等だ』を読み、徳田の生き方に感銘を受けて医師になることを決意したという。


関連サイト
山中伸弥教授語録 http://bit.ly/RGt1ek


山中伸弥(やまなか・しんや)略歴
日本の医学者、京都大学iPS細胞研究所所長・教授。カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所上級研究員、奈良先端科学技術大学院大学栄誉教授。「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」により2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞。1962年(昭和37年)生まれ。大阪府東大阪市出身。1987年、神戸大学医学部卒業。1993年、大阪市立大学大学院医学研究終了。
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