川上哲治 家族

川上哲治(打撃の神様)家系図・家族・子孫



妻:代々木ゆかり(元宝塚歌劇団娘役。在団期間1936年~1944年)

子供
長男: 川上貴光(ノンフィクション作家)


※自宅:長年世田谷区野沢に居住したことから『野沢のおやじさん』と呼ばれた。


関連サイト
川上哲治語録 http://bit.ly/VeNqr8


川上哲治(かわかみ・てつはる)略歴
【1920年~2013年】プロ野球選手・プロ野球監督、野球解説者。熊本県球磨郡大村(現・人吉市)出身。現役時代は『打撃の神様』と言われた。監督としては読売ジャイアンツの黄金時代を築き上げ、V9(9年連続セ・リーグ優勝・日本一)を達成。現役時代の成績。首位打者:5回。本塁打王:2回。打点王:3回。最多安打:6回。
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堤清二 家族

堤清二(西武流通・セゾングループ元代表)家族・子孫



父:康次郎(西武グループ創始者。元衆議院議長)
母:操(元東京土地社長青山芳三の娘)
妹:邦子(エッセイスト、フランスに移住した。1997年死去)
先妻:素子(俳人山口氏の娘)
後妻:麻子(元芸妓、元産経新聞社、フジテレビジョン社長水野成夫の養女)

異母兄弟
淑子(母は康次郎の最初の妻コト、元西武鉄道社長の小島正治郎の妻)
義明(母は石塚恒子、西武鉄道・コクド前会長)
康弘(母は石塚恒子。元豊島園社長、元西武建設取締役)
猶二(母は石塚恒子。東京テアトル取締役、元プリンスホテル社長)
清(母は岩崎その、元近江鉄道社長)


■西武グループ初代の康次郎には妻が5人いたとされる。正妻は3人。西沢コト、川崎文(子供はなし)、青山操。他、籍は入れなかったが実質的に妻だったのが岩崎そのと石塚恒子である。


■石塚恒子(新潟県、歯科医・政治家石塚三郎の娘、未入籍)


関連サイト
堤康次郎(西武グループ創業者)語録 http://bit.ly/o4yNzo


堤清二(つつみ・ せいじ)略歴
【1927年~2013年】日本の実業家、小説家、詩人。西武流通グループ代表、セゾングループ代表などを歴任した。ペンネームは辻井 喬(つじい・ たかし)。代表作『父の肖像』『虹の岬』『鷲がいて』など。東京生まれ。東京大学経済学部卒。

盛田昭夫 家族

盛田昭夫(ソニー創業者)家系・家族・子孫



父:久左衛門(代々続いた造り酒屋で久左衛門は盛田家第14代当主)
母:収子(大垣共立銀行頭取の戸田鋭之助の娘)
長弟:和昭(盛田エンタプライズ株式会社会長)
次弟:正明(ソニー元副社長)
妹:菊子(夫が第4代ソニー社長の岩間和夫。昭夫の義弟にあたる)

妻:良子(三省堂書店創業者一族である亀井豊治の四女)

長男:英夫(第16代盛田家当主、JFLA代表取締役会長)
次男:昌夫(ソニー・ミュージックエンタテインメント 取締役)


■敷島製パン創業家とは親戚(敷島製パンの創業者・盛田善平)


関連サイト
盛田昭夫語録集(開発編)http://bit.ly/w1toyf
盛田昭夫語録集(人材編)http://bit.ly/AgWIRH
盛田昭夫語録集(海外編)http://bit.ly/wxNDQO



盛田昭夫(もりた・あきお)略歴
【1921年~1999年】ソニー創業者の一人。1月26日愛知県名古屋市生まれ。大阪大学理学部物理学科卒業。1946年、東京通信工業(ソニーの前身)取締役に就任。1959年、ソニー代表取締役副社長に就任。1971年、社長。1976年、会長。藍綬褒章受章。勲一等瑞宝章授与。78歳で没。

岡本太郎 家族

岡本太郎(芸術家)家系・家族・子共



父:岡本一平(漫画家)
母:かの子(歌人・作家)
妻:岡本敏子(旧姓は平野。太郎のパートナーであり、養女。実質的な妻であった)


※太郎は神奈川県橘樹郡高津村大字二子(現・神奈川県川崎市高津区二子)で、漫画家の岡本一平、歌人で作家のかの子との間に一人息子として生まれた。


関連サイト
岡本太郎語録 http://bit.ly/OmsXPp


岡本太郎(おかもと・たろう)略歴
【1911年~1996年】日本の芸術家。風刺漫画家の岡本一平、作家の岡本かの子の長男として生まれる。東京美術学校を中退後、パリに留学。数多くの芸術活動に参加し、再びパリ大学で哲学・社会学・民族学を学ぶ。1970年大阪万博テーマ館をプロデュース。「太陽の塔」は世界的な話題となった。

瀬戸内寂聴 家族

瀬戸内寂聴(小説家、天台宗の尼僧)家族・親族・子孫



【旧名は瀬戸内 晴美(せとうち・ はるみ)】
徳島県徳島市塀裏町の仏壇店(瀬戸内商店)を営む三谷家の次女として生まれ、後に父が従祖母の家である瀬戸内家養子となり、女学校時代に晴美も瀬戸内に改姓。東京女子大学在学中に結婚し、夫の任地北京に同行。1946年に帰国し、夫の教え子と恋に落ち、夫と長女を残して家を出る。京都で生活し小説を書き始める。1950年に正式に離婚をした。


関連サイト
瀬戸内寂聴語録 http://bit.ly/12ka1ef



瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)略歴
日本の小説家、天台宗の尼僧。旧名は瀬戸内晴美(せとうち・はるみ)。1922年(大正11年)5月15日徳島県徳島市の仏壇店(瀬戸内商店)を営む家で生まれる。代表作『夏の終り』『花に問え』『場所』など。これまで多くの文学賞を受賞した。

日野原重明 家族

日野原重明(医師)家系・家族・子供



父:善輔(牧師、広島女学院長)
母:満子(実家が山口県山口市湯田)
妻:静子(第2次世界大戦下の警戒体制の中で結婚式を挙げた)
子供:3人の息子あり


※父母ともにキリスト教徒。重明は父の影響を受け、7歳で受洗した。9人家族(6人きょうだい)の次男。明治の年号にちなみ、きょうだい全員の名前に「明」の字が入っている。

※重明が10歳の時、母(満子)が腎臓病で高熱を出し意識も無くなってしまった。しかし病気を往診に来た医師が直してくれて母の命が救われた。この時、重明は医者の仕事のすばらしさに感銘を受け、人の悩み、苦しみ、心配を助けるという仕事はいいと思い、将来は医師になることを決意する。


関連サイト
日野原重明語録 http://bit.ly/116bO7Q
このブログのトップページhttp://nihonnokakeizu.net/


日野原重明(ひのはら・しげあき)略歴
日本の医師・医学博士で。聖路加国際病院理事長、同名誉院長、上智大学日本グリーフケア研究所名誉所長。1911年10月4日山口県山口市で生まれた
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