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八谷泰造 家族

八谷泰造 家系・子供
(日本触媒の実質的創業者)



義兄:尾曽越文亮(解剖学の権威)

妻:智子(さとこ)9歳下

長女:道子
次女:真知子
長男:秀孝

※高杉良の実名小説『炎の経営者』による家族構成


■八谷(やたがい)は1906年12月14日に生まれた。広島県比婆郡山内東村(現・庄原市)出身

■自宅は西宮市の甲子園口にあった

■同郷(広島)の升田幸三(将棋棋士。実力制第四代名人)とは仲が良かった。升田に四枚落ちで相手をしてもらうが、八谷は一度も勝つことはなかったという

■同郷(広島)の永野重雄(新日本製鐵会長、経済同友会代表幹事、日本商工会議所会頭などを歴任)の後ろ盾を得ることに成功し、八谷は日本触媒を発展させることが出来た

■八谷(やたがい)は3人の子供には厳しかったらしい


参考文献『炎の経営者』(著者:高杉良)


略歴
■八谷泰造(やたがい・たいぞう)
【1906年~1970年】日本の技術者、実業家。日本触媒化学工業(現・日本触媒)第2代社長(実質の創業者)。高杉良の経済小説『炎の経営者』の主人公として実名で登場する日本の石油化学工業のパイオニア。広島県比婆郡山内東村(現・庄原市)出身
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(味の素)伊藤雅俊 家族

伊藤雅俊 家系・夫人・子供
(味の素12代社長)


父:福治(軍人。実家は農家)
母:ゆき

妻:岩瀬幸子(味の素で秘書)

子供:1男2女


■1947年9月12日、東京・中野の助産師に取り上げられる

■雅俊の名前の由来は、母の高等女学校の同級生に雅子さんという美人がいて『雅』の一字をもらい、運動の好きな父が俊敏な人になるようにと『俊』をつけた

■第2次世界大戦中に満州から一時帰国した軍人の父と、20歳になったばかりの母が見合いで出会った。終戦で父が引き揚げると、すぐに結婚した

■父の実家は農家だった

■母の実家は青梅で手広く雑貨問屋を営んだ。洋裁、料理、お琴にお茶。なんでもこなした。口癖は『人と同じでは駄目!』

■妻が味の素の創業家につながる鈴木忠雄専務の秘書をしていたことから、仲人は鈴木忠雄が務めた


※参考文献『日経新聞(私の履歴書)』


略歴
■伊藤雅俊(いとう・まさとし)
日本の経営者。味の素株式会社12代目社長。公益財団法人味の素食の文化センター理事長。1947年9月12日、東京・中野で生まれる。東京学芸大学付属小学校・中学校卒業。慶應義塾志木高等学校卒業。慶應義塾大学経済学部卒業。味の素株式会社入社。2009年、代表取締役社長最高経営責任者。2015年、代表取締役会長

五百籏頭真 家族

五百籏頭真 家系・夫人・子供
(政治外交史家)


※先祖は徳川時代の姫路藩士

祖父:治作(石鹸をつくる商売)
祖母:フジ

父:五百籏頭眞治郎(経済学者)
母:英子(実家は西宮の商家)
姉:正子

妻:佳子(4歳下)

長男:薫
長女:さやか
次女:はるか
義姉の娘:まき
義姉の娘:翠(みどり)


■先祖は徳川時代の姫路藩士

■黒田官兵衛の父・職隆が『五百籏頭宗左衛門を大工棟梁』に任じ、総社の拝殿、表門を再建したと『姫路城史』にあるという

■一族は宮大工として身を起こし、江戸の初期に分家した先祖は度量衡官僚を務めた。二筋あわせて数件の五百籏頭姓が城下の小二階町にかたまっていたという

■五百籏頭真は1943年12月16日、兵庫県西宮市で8人きょうだいの6番目に誕生

■苦楽園駅から西へ徒歩3分、田圃の中に生家があった。北には甲山がそびえ、西には六麓荘の背後にゴロゴロ岳の山脈が連なる

■父親は公務員の給料で子供が沢山いたので、とても貧乏だったという。ご飯は切り盛りおかわりなし。肉は滅多になく、豆腐やアゲの味噌汁で栄養をとった

■赤貧洗うが如き家であったが、父親が人格主義を奉ずる教育者だったので、貧富をもって価値基準としない気分があり、貧乏でも士気は高い家族だったという

■父親は63歳の若さで死去。父親より14歳も若い母は泣きごとを口にせず、気丈に8人全員を一人立ちさせ、89歳で父を追った


※参考文献『日経新聞(私の履歴書)』


略歴
経歴(プロフィール)
■五百籏頭真(いおきべ ・まこと)
日本の研究者。政治学者。歴史学者。専門は日本政治外交史、政策過程論、日米関係論。神戸大学名誉教授。防衛大学校名誉教授。1943年12月16日、兵庫県西宮市で生まれる

伊東四朗 家族

伊東四朗 家系・夫人・子供
(タレント)



先祖:母方の先祖の熊井太郎は源義経に仕えた武士であった

曽祖父:伊藤藤十
祖父:熊井源吉(薬局屋)

父:金三郎(洋服の仕立て職人)
母:熊井はつ(掛川市出身)
兄:伊藤竹三(教育評論家)

妻:一般人

次男:伊東孝明(俳優。タレント)


■1937年6月15日、東京府下谷区竹町(現在の台東区台東)に、服地商の5人兄弟(兄2人、姉1人、妹1人)の3男として生まれる

■父親の金三郎は藤田家から伊藤家の養子になった

■父親の金三郎は洋服の仕立て職人だったが、仕事をせず極貧生活の中で、一家は夜逃げ同然で転々とすることに。家族を支えたのは明るく朗らかな母であったという


※参考文献
『NHKファミリーヒストリー(2019年1月28日放送)』


略歴
■伊東四朗(いとう・しろう)
日本の俳優。コメディアン。タレント。司会者。日本喜劇人協会相談役。身長166cm。血液型O型。本名は伊藤輝男(いとう・てるお)。テレビドラマ『遠山の金さん』『同心暁蘭之介』『おしん』『銭形平次』『ダブル・キッチン』『十津川警部シリーズ』『北条時宗』など。バラエティ番組『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』『ザ・チャンス!』『伊東家の食卓』など。1937年6月15日生まれ。 東京都台東区出身

堺正章 家族

堺正章 家系・子供
(タレント)


祖父:栗原重吉(桶屋)
祖母:たけ(芝居好きだった)

父:堺駿二(喜劇役者)
母:幹千代子(松竹少女歌劇団)

元妻:一般女性
元妻:岡田美里(タレント)
現妻:一般女性

長女:栗原菊乃(デザイナー)
次女:堺小春(女優・タレント)


■1946年6月6日、喜劇俳優である堺駿二の長男として東京都世田谷区で生まれる

■父親の堺駿二は喜劇役者で250本の映画に出演した名脇役だった

■5歳の時、父に連れられて撮影所に行ったことをきっかけに子役として映画に出演し、芸能界にデビューする

■1989年、タレントの岡田美里と再婚し、長女・菊乃と次女・小春をもうけるが、2001年に離婚



※参考文献『NHKファミリーヒストリー(2019年1月14日放送)』



略歴
■堺正章(さかい・まさあき)
日本のコメディアン、歌手、俳優、司会者、ラジオパーソナリティ。エンターテイナー、タレント、歌手など様々な肩書きを持つが、1990年代以降はテレビ番組の司会を中心に活動している。本名は栗原正章(くりはら・まさあき)。愛称は「マチャアキ」。身長163cm。血液型A型。1946年6月6日、東京都世田谷区で生まれる
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