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室生犀星 子孫

室生犀星 家系・家族・子供
(詩人・小説家)


実父:小畠弥左衛門吉種(加賀藩)
実母:ハル(加賀藩の足軽頭の女中)
養母:赤井ハツ

妻:室生とみ子(1895年~1959年)

娘:朝子

孫:室生洲々子(室生犀星記念館名誉館長)


■1889年8月1日、加賀藩の足軽頭だった小畠家の小畠弥左衛門吉種とその女中であるハルという名の女性の間に私生児として生まれた

■生後まもなく、生家近くの雨宝院(真言宗寺院)住職だった室生真乗の内縁の妻赤井ハツに引き取られた

■犀星は長男を1歳で亡くしている

■孫の洲々子(すずこ)は、室生犀星が命名した名前である。犀星は生涯で一度訪れた外地である満州(中国東北部)への思いを込めて命名したという

■孫の洲々子が生後10ヶ月の時に犀星は亡くなる

■室生犀星記念館は「『むろお』を正式とするが、『むろお』への変更を強制するものではない」としている


※参考文献『日経新聞(2019年5月13日)』


略歴
■室生犀星(むろう・さいせい)
【1889年~1962年】日本の詩人・小説家。本名は室生照道(むろう・てるみち)。代表作『愛の詩集』『抒情小曲集』『性に目覚める頃』『あにいもうと』『杏っ子』など
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波多野鶴吉 子孫

波多野鶴吉 家系・家族・子供
(グンゼ創業者)


父:羽室嘉右衛門(六代目)大庄屋
兄:羽室嘉右衛門(グンゼ初代社長)

妻:花(波多野家の娘)

孫:波多野一郎(哲学者、思想家)


■波多野鶴吉は、1858年3月27日、京都府綾部市(旧何鹿郡)の大庄屋、羽室嘉右衛門(六代目)の次男として生まれる

■鶴吉の生家は現在の綾部市延(のべ)町の羽室(はむろ)家である

■羽室(はむろ)家は公卿の葉室家の流れを組むと伝えられ、この当たりではトップの大富豪であった

■鶴吉は次男だったため、8歳のとき、波多野家に養子に出された

■波多野家は戦国武将に連なる名家であったが、養子に入った頃は、当主が亡くなり家運が傾いていた


【参考文献】
『グンゼHPグンゼの歴史』
『創業者列伝 一流企業に受け継がれる珠玉の経営手腕』学研


略歴
■波多野鶴吉(はたの・つるきち)
【1858年~1918年】明治・大正期の実業家。郡是製糸(現グンゼ)の創業者。京都府蚕糸業組合頭取などを歴任。1858年3月27日、丹波国何鹿郡綾部町(現・京都府綾部市)の庄屋、羽室嘉右衛門(六代目)の次男に生まれた

蟹江一太郎 子孫

蟹江一太郎 家系・家族・子供
(カゴメ創業者)


養父:蟹江甚之助(大きな農家)
実父:佐野武八(農家)
実母:やす

妻:蟹江さく(死別)
妻:川口ちゃう

養嗣子:蟹江一忠(カゴメ2代社長)

孫:蟹江嘉信(カゴメ5代社長)
孫:蟹江信孝(カゴメ不動産社長)

ひ孫:蟹江幹彦(青林堂社長)


※一太郎は生涯、子供には恵まれなかった。後妻のちゃうは先夫との間に、くに、はまの2人の娘があり、その次女・はまに生まれた子を養嗣子にした。これが後にカゴメの2代目社長になる一忠である

※蟹江家の後継者は、いずれも一太郎の血縁ではなく、姻戚関係の子孫になる。5代目社長になる嘉信もその流れを組むが実質的な孫として育てられた


■1875年2月7日、愛知県知多郡名和村に父・武八と母・やすの長男として生まれた。生家は佐野といった

■一太郎は19歳の頃、隣村(知多郡荒尾村)の蟹江家が、この付近ではかなり大きな農家と農耕とともに養蚕やミカンの栽培を手掛けていて、その蟹江家の主人・甚之助が一太郎の人なりを聞いて一人娘の婿にと懇望。これを一太郎は受け入れ蟹江家の婿養子になった

■一太郎はさくに先立たれ、5年後に川口ちゃうと二度目の結婚をする


※参考文献『食を創造した男たち』島野盛郎


略歴
■蟹江一太郎(かにえ・ いちたろう)
【1875年~1971年】日本の実業家。カゴメ創業者。「トマト王」とも称される。1875年2月7日、愛知県知多郡名和村に農家の長男として出生。1899年、西洋野菜の栽培に着手、最初のトマトの発芽を見る。1906年、東海市荒尾町西屋敷に工場を建設、トマトソースの本格的生産に入る。1914年、成田源太郎、蟹江友太郎と共同出資し、愛知トマトソース製造(資)設立

橋田壽賀子 家族

橋田壽賀子 家系・子供
(脚本家、劇作家)


祖父:愛媛県今治の漁師
伯母:戸越銀座で酒屋を営む

父:菊一(朝鮮で鉱山経営)
母:菊枝(徳島県の農家)

夫:岩崎嘉一(プロデューサー・故人)


■橋田は1925年5月10日、日本の植民地だった京城府(朝鮮のソウル)で生まれた

■父・菊一(34歳)、母・菊枝(35歳)。子宝に恵まれず養子をもらおうかと話し合っている矢先の結婚7年目でようやく生まれた娘だった

■父は愛媛県今治の漁師の長男だったが、家業は継がずに朝鮮に渡り、そのころは重晶石の鉱山を経営していた

■橋田は子供がいなかった伯母に実の娘のように可愛がられた

■1966年、当時TBSプロデューサーだった岩崎嘉一と結婚。結婚式の仲人は石井ふく子が務めた

■1989年、夫の岩崎嘉一は肺がんで亡くなる。橋田は若くして両親を亡くし、きょうだいもいない。たった一人の家族である夫を失い天涯孤独となった


※参考文献『日経新聞(私の履歴書)』


略歴
■橋田壽賀子(はしだ・すがこ)
日本の脚本家、劇作家、タレントである。本名は岩崎壽賀子(いわさき・すがこ)。旧姓は橋田。代表作は『たんぽぽ』『心』『春日局』『渡る世間は鬼ばかり』など。1925年5月10日、京城府(韓国のソウル)で生まれ、大阪府堺市西区で育つ

清水信次 家族

清水信次 家系・夫人・子供
(ライフコーポレーション創業者)


叔父:厚生省の技官
祖父:茂吉(清水合名会社設立)

父:茂
妻:
弟:三夫(ライフコーポレーション社長歴任)
子供:


■清水信次は1926年4月18日、三重県津市で6人きょうだいの次男坊として生まれる

■津は築城の才のあった藤堂高虎公の開いた城下町で、お伊勢参りの宿場町としても賑わった

■清水家は、もともと藤堂家藩主の参勤交代の御用達で苗字帯刀御免の家柄である

■『道具屋金蔵』の屋号で、武士の甲冑や槍などの武具、駕籠(かご)、裃(かみしも)などを商っていた

■廃藩置県以降は、伊勢・松坂の特産品である綿花を材料にした綿糸や綿布、タオルの製造に事業を移した

■この事業をベースに祖父の茂吉が清水合名会社を設立する

■祖父・茂吉の事業を3人の息子である、金蔵、茂(清水信次の父)、幸吉が継いだ


【参考文献】
『闘魂人生必勝の道』
『男の死に方 戦争で生き残ったものの責務』


経歴(プロフィール)
■清水信次(しみず・のぶつぐ)
日本の実業家。株式会社ライフコーポレーション創業者。日本スーパーマーケット協会および国民生活産業・消費者団体連合会会長などを歴任。1926年4月18日、三重県津市で生まれた
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